黒い十人の女
劇場公開日:1961年5月3日
解説
名匠・市川崑が和田夏十のオリジナル脚本をもとにメガホンをとり、創世記のテレビ業界を舞台に、ひとりの男に思いを寄せる10人の女たちが彼に殺意を抱いたことから巻き起こる騒動を、ブラックユーモアを散りばめながら描いたミステリー映画。テレビプロデューサーの風松吉にはなぜか近づく女が絶えず、妻の双葉は寂しい毎日をレストラン経営で紛らわせていた。どの相手も風にとっては遊びの関係に過ぎなかったが、女たちは妙に彼のことが忘れられない。風のことが気になって仕方ない彼女たちは、いっそのこと彼が死んでしまえば良いと考えるように。すっかり気心の知れた仲である1人目の愛人・市子と妻・双葉は、冗談半分に風を殺害する計画まで話し合う。そんな噂を耳にした風は、女たちが共謀して自分を殺そうとしていると思い込んで双葉に相談するが……。
1961年製作/102分/日本
配給:大映
スタッフ・キャスト
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2022年12月13日
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なんと言っても和田夏十の脚本が凄い。
彼女だからこそ書ける台詞、動作。
オリジナルと映画版で変わった部分もあるようだが、
それにしても台詞のひとつひとつが素晴らしい
それぞれに切実である上に、洒落ている。
女対女は、それが静かでも激しくても良いし
ましてや男対十人の女は面白くないはずがない
その十人の女に対する風末吉のキャラクターの妙
あの飄々とした、まさに風のような男に
女たちは翻弄され、解放されるのである
風の妻、山本富士子が魅力的である
妻しか出来ない言動や、風とのやり取り
他の女たちへの身の振る舞いが素敵
そして、唯一幽霊となる宮城まり子
彼女の行動でこの作品は暗い影を見せる
と思いきや彼女は霊となって風の周りを彷徨くのだ
なんて挑戦的だろう
最も輝いていたのが、岸惠子だった
彼女は他の女に階級の差を見せつけつつ、
最後には責任を負う
ラスト、炎上する車に見向きもせず、
まるで奈落へと進んでいくような表情は
忘れられない
劇中、何度も挟まれる風末吉を殺すイメージが
たまらなく良かった。
溜飲は下がるし、何より女たちが格好いい
モノクロの効果もあると思うが、
最高に十人のシルエットがクールなのだ
もうこの佇まいでいい映画だってのが分かるよね
何度も見直したい映画です
2021年11月15日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館
こんなハイセンスな映画があるなんて知らなかった。
洒落ていて、粋である。いま観ても全然古さを感じさせない(題名も秀逸です)。
まず物語の着想がユニークだ。そのストーリーをユーモアが包み込んで、観客を魅了していく。
そして、ワンカット、ワンカットがカッコいい。
モノクロームの、大胆に余白をとった画面構成。素敵です、キマってます、シビレます。
豪華な女優陣の競演は、さながら「妖怪大戦争」のようにも感じられますが(失礼!)、見どころたっぷり。
それぞれの名女優の演技を存分に堪能することができました。
僕が生まれる前の映画なので、皆さん、僕の知ってる顔とは、かなり違っていて、「中村玉緒、こんなにふっくらして可愛かったんや」とか「岸田今日子、めっちゃカッコええやん」とか、そんなことも愉しめた。
それから、クレージーキャッツの出演もあり、サービス満点。
市川崑監督の映画づくりのセンスの良さを再認識させてくれた、そして、和田夏十の脚本づくりの巧みさに感心させられた、貴重な上映でした。
小西康陽さんが推すのも納得です(小西さん、ありがとう!)。
追記
上映が終わった瞬間、場内の何人かの人が拍手をしたので、僕もつられて手を叩きました。
映画館で拍手を聞いたのはほんとうに久しぶりでしたが、監督と作品へのリスペクトが感じられ、こころ温まる思いがしました。
やっぱり、映画は映画館で観たいですね。
2021年8月28日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館
ザ・女優の二人、岸惠子と山本富士子の火花散るセリフのやりとりと表情の応酬に痺れました。何度も見たい聞きたい場面がてんこ盛りの映画です。
和田夏十の脚本がまず最高に素晴らしい。そして市川崑監督のオープニング・クレジットと演出とカメラワークに心掴まれました。時間構成もカット割もかっこいー、面白い!山本富士子にあんな恰好やあんな表情させてあんなセリフを言わせるなんてすごい。それに応えてこなす山本富士子も凄い。どんな役者もイメージとかふさわしい役柄というのはあるだろうが、主役級の役者がこれだけ幅広い演技ができてそういう役を与えられる・受けるという昔の映画の世界ってすごいなあと思った。岸惠子は女優の役。まさに適役ですっごくかっこよかった!岸惠子が「悪魔の手毬唄」に出演したように、市川崑監督の横溝作品に出る山本富士子を見てみたかった。
1961年の映画なのにあまりにアクチュアルで予言的なことに感動しつつ総毛立った。女はみんな仕事をして経済的にも人間としても自立して好きな男でも本性が透けて見えることは織り込み済み、「ふたり並んで乞食しましょう」と肝が据わっている。男は「仕事」や「会社」がないと居場所を失い言い逃れや言い訳もできなくなる。振り返る必要も時間もなく場当たり的にやり過ごしてゆくことに慣れてるテレビ局の仕事。そして今、職種に限らず空間も時間も「仕事」に奪われ(或いは自ら捧げ)監視されることにも慣れてしまった世界に私たちは生きている。
最後の持って行き方、ゾクゾクした。ラストの予言、その予言は更なる予言を生み出すような。
おまけ
クレジットで「一三」?と思ったが、本人見て伊丹十三さん!とすぐわかった。若い時から素敵。手が痒いのはアトピーだろうか?そんなところにもこの映画の予言性を感じた。あとクレイジーキャッツの演奏とコントがすごく嬉しかった。みんなわっかーい!
2020年6月12日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル
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女優の市子(岸)、TV局スタッフの五夜子(岸田今日子)、TV局の下請け印刷業を営む未亡人の三輪子(宮城まり子)、それにCMガールの四村塩(中村玉緒)。TVプロデューサーという職業に加え、女に優しすぎるため次々と愛人が増えてゆく風。
風の提案で妻の双葉にピストルで撃たれる芝居を打ち、1ヶ月ほど姿を消すという計画を立てる。双葉の経営するスナックの2階座敷に10人の女が集まり、計画通り空砲を放ち死んだフリをさせる。9人の女たちはまんまと騙され、しばらくして三輪子は自殺する。半月後には女たちは風が生きていることに気づき、双葉を責める。双葉は離婚することで責任を逃れ、市子が彼を匿うことにした。
ラストには女優を引退した市子が車を運転するが、対向車線では事故で火災が発生中。これが逃げ出そうとした風が事故ってたのか?と考えると恐ろしくもなるが、あくまでも想像の中だけのこと。
途中に出てくる妄想の映像がとてもいい。海岸で10人の女に囲まれるところはとてもスタイリッシュなのだ。ただ、宮城まり子の幽霊はコメディともとれるし、どうも違和感がある。それにサスペンスタッチではあるのに、主人公の死の恐怖というものが感じられないところが残念すぎる。働き蜂のようになるTV局であるはずなのにのほほんとしている様子もイマイチだ。