飛鳥へそしてまだ見ぬ子へ

劇場公開日

飛鳥へそしてまだ見ぬ子へ
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解説

不屈の意志で癌と闘い、最期まで医者として生きぬいた内科医とその妻と娘の生活を描く。内科医、井村和清が自身の短い生涯を綴った遺稿集である同名の原作の映画化で、脚本は「子育てごっこ」の鈴木尚之、監督は「肉体の学校」の木下亮、撮影は「ええじゃないか」の姫田真佐久がそれぞれ担当。

1982年製作/112分/日本
配給:東宝

ストーリー

野中一彦は東京の医科大学を卒業し、沖縄の病院に赴任したその日の夜、浜辺で踊るミチと出会った。そして、那覇祭りの夜、再会した二人は、何か通じ合うものを感じた。二人は結婚し、一彦は徳仁会岸和田病院に迎えられる。やがて、ミチは子供を宿し、男兄弟の中で育った一彦は、生まれてくる子の名を飛鳥と決めていた。ある日、テニスをしている一彦の右足を激痛が襲った。検査の結果、悪性腫瘍とわかり、一彦は、郷里、富山県礪波の病院で、右足切断の手術を受けることになった。手術の前日、一彦の右足を洗い続けるミチ。義足をつけた一彦が岸和田病院に復帰すると、同僚は勿論、さんざん手こずらせた患者も、彼を歓迎した。しかし、片足の医者として患者たちに慕われているのも束の間であった。悪性腫瘍は一彦の体を深く蝕み、レントゲンを見た一彦はあと六ヵ月の命と自分で診察した。一彦は残された六ヵ月を精一杯に生きようとして、以前にも増して明るく仕事に励んだ。そんな姿に不審を抱いたミチは、真実を知る院長と一彦の弟、一実に病状を聞き愕然とする。一彦の病状は日に日に悪化し、ミチは気付かぬふりを続けることは出来ず、泣きじゃくった。ついに一彦は倒れ、礪波の実家に帰った。そこでミチは二番目の子を宿した。一彦は飛鳥の無邪気な笑い声を聞きながら、ミチや飛鳥に言い残したことを書き綴った。「私は……おまえたちに手を貸すことは出来ない。倒れても自分で起きなさい」間もなく一彦は死んだ。そして、次女の清子が生まれた。

全文を読む(ネタバレを含む場合あり)

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映画レビュー

4.0泣いた

2020年2月16日
Androidアプリから投稿

高校生の時に観て号泣した。
当時はまだ純粋だった。

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ムーラン

3.0いい話なのに音楽が勿体ない

kossyさん
2018年10月29日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

泣ける

 砺波の実家の医院は次男(井上純一)に継いでもらって、自分はまだまだ医者の少ない沖縄へ行って僻地医療に務めたいという崇高な意志をもっていた野中。女の子、飛鳥を授かってしばらくして、ひざの痛みが発覚。勤務先の岸和田の病院ではなく、実家近くの高岡病院で手術することになった。

 切断後、右足指が痛いとか、麻薬中毒についてとか、医師が書いたものだけにリアルだ。病院に復帰したときの患者ミヤコ蝶々の言葉にちょいとウルっとさせられる。そして6か月後、肺に転移していたことがわかる。そこから6か月の命と自ら診断し、手術を受ければ仕事ができなくなるので、免疫療法を受け、2か月間は自分の患者に誠心誠意診療すると誓う。しかも家族には弟以外内緒にする・・

 難病モノではあるが、生きていることの証を娘たちに伝えていくことを主眼においた物語。医師としての最後の仕事を終えた後は闘病生活と執筆に専念する姿。実家の病床で喀血するのを妻の竹下景子が口で吸いだすところが泣けてくる。

 いい話なのに音楽が勿体ない。因幡晃はまだいいけど・・・

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kossy
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