ロッキー・ザ・ファイナル : 特集
シルベスター・スタローンを語らずして「ロッキー」は語れない。そして、その逆もしかり。「ロッキー」とともに栄光と凋落のスター人生を歩んだスタローンについて、佐藤睦雄氏が解説。さらに「ロッキー・ザ・ファイナル」の熱~い“男泣きのツボ”を伝授します。(文:佐藤睦雄)
「ロッキー・ザ・ファイナル」男泣きのツボ
■シルベスター・スタローンと「ロッキー」の歩み
ニューヨークの貧民街ヘルズキッチンでその男は生まれた。父親はイタリア移民の美容師、母親は名もないダンサー。父の教えはただ1つ、「おまえは脳たりんで生まれてきたんだから、身体だけは鍛えておけ」というものだった、息子は少年期、札付きのワルで何度も学校を放校された。12歳の時、両親が離婚、母とともにフィラデルフィアへ移り住む。24歳になった青年は、父の教えを守り、体格だけは人一倍立派になっていたが、その肉体を活かす職業には就いていなかった。ようやくありついた仕事は、ポルノ映画の男優。オーディションに落ち続けた俳優志望の男はやがてハリウッドへ渡り、74年の「ブリックリンの青春」で端役を得る。
1975年3月15日の夜、30歳になったこの男は銀行口座にあったありったけのお金を引き出して、あるボクシングのチケットを買った。ヘビー級チャンピオン、モハメッド・アリ対チャック・ウェップナーの一戦だ。“王者アリのスパーリング”と言われたほどで、力の差は歴然。誰もがアリの余裕の勝利を確信していた。ウェップナーが立っていられるのは、せいぜい3ラウンドではないか、と。しかし、予想に反して15Rにはダウンを奪う大健闘(アリの足を踏んだため)。結果は王者アリの判定勝ちだったが、最終Rが終わってもリングに立っていたウェップナーの姿に観客は心を動かされた。
その感動のファイトを目の当たりにした文無しの男も例外でなく、愛犬バッカスのエサを買うのに困ったほどだったが、その晩から飲まず食わずで、3日3晩かけて1本のシナリオを書き上げる。
その男は、ある映画のオーディションを受けるが、やっぱり落とされる。その帰り際、プロデューサーに勇気を振り絞って「シナリオがあるんだけど」と言ってみる。その後、彼が書いた脚本はプロデューサーに気に入られることになる。銀行口座にたったの106ドルしかなかった文無し男は、ライアン・オニール、バート・レイノルズ、ロバート・レッドフォードらを推すプロデューサーにブラフをかまして自ら出演するチャンスを得る。出演料は当時のスタローンにとっては破格の36万ドル! それが、俳優シルベスター・スタローンと映画「ロッキー」シリーズのアメリカンドリームの始まりだった。
あれから30年経ち、スタローン演じるロッキー・バルボアがまたリングに立った。“ロッキー最後の戦い”と銘打たれた「ロッキー・ザ・ファイナル」は、昨今の製作費の高騰から2400万ドルもかかっているが(それでもハリウッド大作の平均予算の1/4)、骨の髄までロッキーの不屈の精神がしみ込んだ奇跡的な感動スポーツ映画になっている。シリーズ全作のエッセンスを詰め込んだ、スタローンの存在なしではありえない、この素晴らしき“永遠のワンパターン映画”の、大感動・男泣き・大興奮のツボを列挙していく。