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⚪︎作品全体
ヒューマンドラマで一番大事なのは、どれだけ登場人物が一人の人間であるかと言うことを理解させられるか、だと思う。登場人物は、いわば制作者の操り人形な訳だけど、制作側が垂らした操り糸が見えてしまうと興醒めしてしまう。そう言うことを気にさせないような登場人物の行動と思考があってこそ、ヒューマンドラマというのは成り立つのだと思う。
しかし、正直、それができている作品はそんなに多くない。登場人物が制作側の考える「物語の山場」のために、今まで我慢して積み上げてきた地位や人間関係を突如壊してしまう映画は多々ある。主人公の成長という、物語の明確なプロットポイントを作りたいために、その前後で別人になってしまう登場人物もいる。
もちろん、人生にはそうした転機があることも事実だけれど、そんな転機はそうそう訪れるものではない。むしろ大体の人がそうした大転換期を経ず、自身の経験を踏まえて徐々に変わっていくものではないか。
…と、私は思っているので、ドラマティックな作劇を楽しむことはあれど、ヒューマンドラマとして見る作品が少ない。
そこで、本作だ。「古い映画だから…」と多少のレッテルを貼りながら見ていたけれど、主人公・ジョージの描き方が素晴らしく、最初から最後まで血の通った人物として感じられた。
自分のやりたいことを後回しに、父の家業を継ぎ、弟を大学へ行かせ、地元で過ごすジョージ。弟を大学へ行かせる場面や、弟が帰ってきた時に家業は継げないことを悟る場面なんかは、ジョージが今まで黙って飲み込んできた「自身のやりたいこと」を爆発させてもおかしくなかったが、人知れず苦しい表情をするだけで、再び飲み込んでしまう。
もっとド派手にその悔しさを映してもおかしくない感情だけど、周りの人間を不幸にさせまいと、グッと我慢するようなセリフやジョージの表情がとても良かった。現実にはそうそうツキが回ってこないように、ジョージも苦しんでいる。そしてそこにドラマティックはない…そうした、地に足のついた演出がとても良かった。
ジョージと対人関係の描き方も、コメディの裏に影を残している感じがして、人の心を感じた。妻のメアリーとも互いに惹かれ合うシーンは混じり気のない愛を感じるが、メアリーが大学から帰省した際には、メアリーの感情やこれからの幸せを考えて自身のないジョージが垣間見える。「頭に冴える好青年」であるジョージは創作の世界だったら愛の力で押し切ってしまいそうな存在だが、そうはさせず、感情に影を落としているのが逆に良い。
街の人々との関わりもそうだ。街のためにと薄利な仕事をしているけれど、世界恐慌の際には裏切られそうになっている。さらに海外に視野を向けていたジョージだ。自分の住む街を信じられなくなっていてもおかしくない。
そして実際、会社の金を紛失した際には誰も頼れないでいるジョージがいる。もちろん、迷惑をかけたくないという気持ちもあっただろうが、ジョージの中で静かに蓄積されていく周りの人への不信感と「こんなにも我慢しているのに…」という負の感情があったのでは、と個人的に感じた。
ジョージが感情を爆発させるのはその負の感情が溢れ出たように感じた。このシーンは先に述べた制作者側が意図した山場ともとれるシーンだけれど、これまでひたすらに耐えてきたジョージを見ていると、自暴自棄になって当然だと納得できた。
そしてなにより、その負の感情を掬い上げるような終盤のシーンが猛烈に心に刺さった。
街の人々がジョージの元へ集まり恩を返すシーンは作劇としてありがちなのかも知れないけれど、積もり積もったジョージの街へ対する不信感を、明快に、一気に払拭するような実直さが素晴らしかった。
更に、ジョージ自身も街を再び愛せるようになったのが、とても良かった。ジョージが消えた世界から帰ってきた時に街の看板や映画館、百貨店に向かって「メリークリスマス!」と叫ぶジョージが泣けた。きっとジョージの中では海外旅行に行けず、生まれ育った街に束縛されているような感覚だったに違いない。それは結局表立ってジョージを傷つけるものではなかったけれど、長年のしこりが綺麗に剥がれたかのような開放感がこのシーンにはあった。
自分が下した選択に後悔や不満があったとしても、実直に向き合っていればいつか天使がその気持ちを昇華させてくれる…確かにファンタジーではあるけれど、自分の心をも少し救ってくれそうな気がして、素直に信じてみたくなるような物語だった。
⚪︎その他
・世界恐慌とか第二次世界大戦みたいな、実際のイベントの使い方というか、立ち位置が巧いと思った。ジョージにも大きく影響するけれど、そこに単なる良し悪しがあるわけじゃない、というのが、その時代に生きた人のような描かれ方だった。戦争だからと言って必ず不幸になるわけじゃないし、ジョージからすれば、仕事に没頭する自分自身への都合の良い言い訳になってたりする。
歴史的なイベントが必ず個人にとっての歴史的イベントになるわけではない、というところにリアリティを感じた。
・ジョージの会社でカラス飼ってたのはなにか意味付けがあったのだろうか。
・自分のいない世界に行ってしまったあとに元の世界に戻って親しい人と再会したり、再び良好な関係性を気づき始める展開に涙腺が弱い。本作以外だと『涼宮ハルヒの消失』しか思い浮かばないけど…