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2026.1.15 字幕 アップリンク京都
2024年のスウェーデン&デンマーク&フランス&トルコ&ジョージア合作の映画(106分、PG12)
失踪した姪を探す元教師と案内役の青年を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本はレバン・アキン
原題の『Crossing』は「交差点」という意味
物語の舞台は、ジョージアのバトゥミ
兄ザザ(Levan Bochorishvili)の元で居候をしているアチ(ルーカス・カンカバ)は、自分たちを置いてジョージアを出て行った母に想いを馳せていた
そんな彼の元に、かつてこの家で居候をしていたテクラ(Tako Kurdovanidze)の叔母リア(ムジア・アラブリ)がやってきた
リアは妹の死に際して交わした約束を守るためにテクラを探していて、彼女がこの地に訪れたことを知っていた
だが、テクラはすでにイスランブールに行っており、居場所の特定には至らない
そこでリアはイスランブールに行くことを決め、アチは通訳をするから連れて行ってほしい、と懇願する
そして、リアはアチを連れて、トルコに入ることになったのである
映画は、ジョージアから出たかったアチが、これぞチャンスとばかりにリアについていき、そこで自分勝手な行動をしていく様子が描かれていく
リアはアチに呆れ果てて、単身で溜まり場などに向かうものの、有力な情報は得られなかった
だが、無作為に動いていたアチは、トランスジェンダーを支援している団体のことを知り、リアと共に支援活動家のエヴリム(デニズ・ドゥマンリ)と会うことになった
そして、彼女の伝手にて居場所を特定するという流れになっているのだが、エヴリム自身はかなり早い段階で登場するものの、リアたちと絡むのはほぼラスト近くという感じになっている
物語は、自分を置いて出て行った母親を追うアチと、テクラに対して冷たくあたったことを後悔しているリアが主体となっていて、エヴリムはイスタンブールにおけるマイノリティの様子を示すキャラとなっていた
アチはチェルケス族のオズゲ(Derya Günaydin)と出会って楽しい夜を過ごし、リアもレストランで出会ったラマズ(Levan Gavrichidze)と良い雰囲気になったりする
エヴリムの方も旺盛で、ムスタファ(Soner Yalçin)という恋人がいるかと思えば、白タクの運転手オメル(Ziya Sudancikmaz)とワンナイトラヴに陥ったりする
イスタンブールが開放的なのかどうかはわからないが、旧ソ連とトルコという風土の違いはあるのだろう
また、アチの場合は兄夫婦の家に居候しているという日常があり、早く自立したいという思いはあったのだと思う
母が向かった先でもあり、ジョージアに未練がないことも相まって、帰るという選択肢はなかったのだが、その胸中をリアに告げないために余計な誤解を生んでいるシーンもあった
そして、ラストにサプライズ的なテクラの登場があるのだが、あれは幻覚で間違いないだろう
イスタンブールを去る前夜にて、アチから「会ったら何を言いたいか?」という質問を帰り道で思い出し、それが脳内でテクラを呼び出したのだと考えられる
その姿はリアの想像するものなのだが、アチがそれを聞いたのも、母親との思い出が重なっているからだった
もし母がアチと再会したら何と言ってくれるのか
この叶わぬ双方の願いの着地点があの場所にはあって、それによって、それぞれは過去を乗り越えて生きていけるのだと思う
そう言った意味において、テクラとの再会は叶わなかったものの、好意的な終幕だったのかな、と感じた
いずれにせよ、文化的な背景への理解とか、LGBTQ+関連の知識はそこまで要しない作品で、新天地に希望を持って出て行った人を追いかける意味があるのか、を描いているのだと思う
そして、残された人の目線で「残されたものが何を感じているのか」を突きつけていて、それが相手に伝わる意味のないことも描いていた
「姪っ子は探して欲しいと思っているか?」と聞かれるシーンがあり、その答えが「母親との約束だから」というものなのだが、これはリア自身が主体的にはなれていないことを示している
そうした先にあるアチとの「もしも」というものは、約束を果たすことの意味を打ち壊し、主体的な自分を取り戻す瞬間でもあった
そう言った意味において、この旅には大きな意味があったのかな、と感じた