天国と地獄 Highest 2 Lowest : インタビュー
スパイク・リー監督、黒澤明作品との出合い&デンゼル・ワシントンとの信頼関係を明かす

画像・映像提供 Apple
9月5日からAppleTV+で配信開始される「天国と地獄 Highest 2 Lowest」。タイトルからもわかるように、本作は黒澤明監督の名作「天国と地獄」を現代のニューヨークを舞台に再解釈した注目作だ。しかも、2度のアカデミー賞を受賞した名優デンゼル・ワシントンと、スパイク・リー監督の5度目のタッグ作である。
音楽業界の大物プロデューサーが息子の誘拐事件に巻き込まれる心理サスペンスとして生まれ変わった本作のテーマは、貧富の差が拡大する現代社会にこそ刺さるメッセージを持っている。
映画.comでは、ニューヨーク在住のスパイク・リー監督にZoomでインタビューを敢行。取材開始前、リー監督は黒澤監督のサイン入り写真を画面越しに見せてくれるという歓迎ぶり。黒澤作品との出会いから、19年ぶりにコンビを組んだワシントンとの信頼関係、ストリーミング主流となった映画界の現状にいたるまでたっぷり語ってもらった。(取材・文/小西未来)
【「天国と地獄 Highest 2 Lowest」あらすじ・概要】

2度のアカデミー賞を受賞した名優デンゼル・ワシントンと、スパイク・リー監督が5度目のタッグを組み、黒澤明監督の名作「天国と地獄」を再解釈して描く心理サスペンス。
「業界一の耳を持つ」と広く知られる音楽プロデューサーのキングは、夢と欲望が渦巻く街ニューヨークで、大きな成功を収めた数少ない人物だ。彼は全財産を投じ、今まさにレコード会社の買収を進めようとしていた。そんなキングのもとに、息子を誘拐したという犯人から一本の電話が入る。犯人は、1750万ドル(約26億円)という巨額の身代金を要求し、キングの人生は大きく揺らいでいく。

――告白があります。あなたが黒澤作品の影響を受けているとは思ってもみませんでした。
あいにく勘違いだ。
――では、教えてください。どのように黒澤作品を発見し、どこに惹かれたのかを。
私はニューヨーク大学の大学院映画学校に通っていて、アン・リーは同級生だった。初期の頃の撮影監督のアーネスト・ディッカーソンも同級生で、ジム・ジャームッシュは2年先輩。そんな映画学校で世界の映画に出合ったんだ。
「羅生門」は1年生の時に観た。そこで“クロサワ”という天才に出会った。世界最高の映画監督の一人である天才にね。「羅生門」の設定、つまり複数の人物が強姦と殺人事件について自分なりの意見を述べるという構造が、私の最初の映画「シーズ・ガッタ・ハヴ・イット」の前提になった。ノーラ・ダーリングという若い女性が同時に3人のボーイフレンドを持つ物語だ。

――そんな昔から影響を受けていたんですね。今回はどういうきっかけで?
デンゼルから電話がかかってきた。久しぶりだったので、電話番号も分からなかったほどだ。「スパイク、脚本があるんだ」と言われた。その脚本は何年もの間いろいろなところを回っていた。彼は「スパイク、君にやってほしい。何の話かは言わない。脚本を読んでから返事をくれ」と告げた。電話を切る前に「分かった」と答えた。嬉しいサプライズだったからね。
翌日、脚本がフェデックスで届いた。すぐに「天国と地獄」だと分かった。でも舞台は戦後日本の1963年ではない。デンゼルのキャラクターは靴会社の重役ではなく、音楽業界の大物だ。
すぐに分かった。これはリメイクではなく、再解釈だと。
デンゼルと私は、偉大なジャズミュージシャンが偉大なアメリカのスタンダード曲を再解釈するように取り組むということだ。例えば、ジュリー・アンドリュースが「サウンド・オブ・ミュージック」で歌った「マイ・フェイバリット・シングス」を、ジョン・コルトレーンは違うやり方でやった。マイルス・デイビスは「マイ・ファニー・バレンタイン」を違うやり方でやった。
それが今回のアプローチだった。だから自由があった。縛られることはなかった。同時にクロサワ作品に敬意を払う。それが私たちのアプローチだった。

――デンゼルとの久しぶりのコラボレーションについて聞かせてください。電話番号が分からなかったほど付き合いがなかったんですか?
記者に指摘されるまで19年間も映画を一緒に作っていなかったことに気づかなかったくらいだ。デンゼルは、私たちの関係は長年にわたる愛と信頼に基づいていると言ってくれている。愛と信頼だ。だから彼は、この脚本を手に入れた時、自動的に私のことを思い浮かべ、私を信頼してくれた。
私も同じだ。それが、長年にわたる私たちの関係の基礎なんだ。愛と信頼。そして、それは私たちの家族も含んでいる。妻たちや、今は大人になった子どもたちも。みんな仲良くやっている。

――音楽業界という設定が新たな魅力となっています。
それは私が音楽を愛しているからだ。音楽は私の得意分野なんだ。専門というか、強みというか。だからデイヴィッド・キングが音楽業界の重役、音楽界の大物で、脚本の中で何度も「俺は業界一の耳を持っている」と言うのを見た時、これは得意分野だぞと思った。音楽は私の映画制作における強みの一つだから、安心できた。
――音楽業界と映画業界には共通点があると思います。ストリーミングが主流になった今、デイヴィッド・キングは自分の居場所を見つけるのに苦労している。映画監督としてその状況に共感しますか?
正直に言おう。この映画はたった3週間しか(米国では)劇場公開しない。この映画はApple TV+が出資している。もっと長い劇場公開ができればよかったと思う。みんなに劇場でこの映画を観てもらいたかった。
だが、それは叶わない。単純な事実だ。だからこそ、みんなにぜひ劇場で観てくれと呼びかけている。
この映画を観るために往復50マイルも運転しなければならなかった人がいるとInstagramで知った時、とても感動した。デンゼルと私の映画を観るために、そんな苦労をしてくれる人がいることにとても感動している。これが私たちの住む世界の現実だ。

――「天国と地獄」が描いた富裕層と貧困層の格差は、まさに今の時代にも通じるテーマですね。
私が日本に初めて行ったのは何年も後のことだったので、公開当時の様子はあいにく知らない。でも格差の構造は変わらない。まさに天国と地獄、上と下に分かれているんだ。金持ちは上にいて、貧乏人は下にいる。
もう一つ注目してほしいのは、クロサワの偉大な映画との区別をつけるために、同じタイトルにしたくなかったことだ。それは私のアイデアだった。だから「Highest 2 Lowest」。「to」ではなく数字の「2」だ。これはプリンスへのオマージュなんだ。彼は歌詞などでよく数字を使っていたから。「Nothing Compares 2 U」とかね。彼がいなくてさみしいよ。
――あなたと黒澤明監督の作品は、観客に挑戦する作風や道徳性を兼ね備えていることで共通していますね。
私の作品には道徳、選択、そして登場人物の選択がもたらす良い結果と悪い結果が描かれている。「ドゥ・ザ・ライト・シング」は1989年に公開された映画だが、今でも街で質問される。「ムーキーはゴミ箱を有名なピザ屋に投げつけたが、あれは正しいことだったのか?」と。

――最後に、黒澤映画を知らない若い人にすすめるとしたらどの作品を挙げますか?
侍映画からはじめるのはどうだ? 「用心棒」「七人の侍」。血が好きだろう。首が切り落とされる。そこでミフネとクロサワの偉大なコンビについて学ぶことになる。「羅生門」「用心棒」、そして「天国と地獄」に辿り着く。
――黒澤作品を見るきっかけを提供してくれてありがとうございます。
こちらこそ、ありがとう。