配信開始日 2025年9月5日

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天国と地獄 Highest 2 Lowest : 映画評論・批評

2025年9月9日更新

2025年9月5日より配信

世界のクロサワの名作をスパイク・リーが再解釈、時代を超えた巨匠同士の対話

エド・マクベインの「キングの身代金」を原作にした黒澤明の名作「天国と地獄」を、現代ニューヨークの音楽業界に舞台を移して再解釈した犯罪サスペンス。監督スパイク・リーデンゼル・ワシントンが「インサイド・マン」以来約20年ぶりに5回目のタッグを組んだ作品となり、提供したApple TV+とA24は、最近ではラシダ・ジョーンズ西島秀俊と共演したシリーズ「サニー」も手がけている。

「最高の耳」を持つ音楽プロデューサー、デビッド・キングの息子トレイが誘拐された。犯人から要求された身代金は1750万ドル(約26億円)。キングの手元に資金はあったものの、これを使ってしまうと密かに進めていた自社株の買取が不可能になる。それは念願だった会社経営権を握るどころか、地位も名誉も失うことを意味していた。キングは究極の選択を迫られる。

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黒澤版のオリジナルは高度成長期の日本を背景に、新たな階級社会の登場と、人間への愛と尊厳がテーマになっている。三船敏郎演じる権藤は、使用人である運転手の息子のために私財を差し出すか苦悶する。「罪と罰」のラスコーリニコフをモデルにした犯人(山崎努)は、街を見下ろす権藤の邸宅を見て憎しみの末に犯行に至る。タイトルが象徴する格差の二項対立が、映画を単なるサスペンスではなく、衝撃と深い共感を呼ぶヒューマニズム作品だと評価され、大ヒットを記録した。

今回の「天国と地獄 Highest 2 Lowest」は、時代の流れを意識し、格差による分断や対立は描いていない。リー監督は運転手ポール役に実力派ジェフリー・ライト(息子役イライジャ・ライトは実子)を起用、主人公であるキングと労使であり、かつ深い絆で結ばれた親友という難しい関係性を構築し表現した。つまり身代金の肩代わりは黒澤版の主従関係から派生する社会への義務感(ノブレス・オブリージュ)ではなく、あくまで対等な仲間を救う使命感へと変更されている(だからこそポールはオリジナルと違い、最終的に代償を支払うことになる)。

さらに犯人との対決には、ブラック・カルチャーの商業性や同族搾取といったモチーフを、AIやSNSなどデジタルの台頭を絡めて描き出している。詳細は避けるが、スタジオでの犯人とキングの応酬は、現場のアドリブから生み出され、演じるラッパーのエイサップ・ロッキーは、名優デンゼルを相手に健闘を見せている。

作品の印象を決定づける映像と音楽はどこか90年代を思わせる。身代金交換シーンは人種パレードと野球観戦の喧騒の中で描かれ、警察の無策ぶり(黒人女性刑事だけは有能)は失笑を誘う。この混沌こそニューヨークであり、リー監督自身でもある。黒澤明スパイク・リー、時代を超えた対話は映画界の遺産になるに違いない。

本田敬

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