劇場公開日 2025年10月3日

火喰鳥を、喰う : 映画評論・批評

2025年9月30日更新

2025年10月3日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー

時空と世界、謎と怪異の交錯に幻惑される令和生まれの新感覚サスペンス

舞台設定と情景は昔ながらの奇譚の構えだが、展開と仕掛けに初めて出会うような驚きがある。原浩の原作小説を脚本・林民夫と監督・本木克英の強力タッグで実写化した「火喰鳥を、喰う」は、古さと新しさが同居する令和にふさわしいフレッシュなサスペンス映画だ。

信州の自然豊かな村の古い家に、祖父、母と同居する久喜雄司(水上恒司)と夕里子(山下美月)の若い夫婦。太平洋戦争末期に南方の島で戦死した大伯父の遺品の日記が届けられた日を境に、久喜家のまわりで不可解な出来事が相次ぐ。

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原作小説は、KADOKAWA(旧角川書店)が主催する横溝正史ミステリ大賞と日本ホラー小説大賞が2019年に統合され横溝正史ミステリ&ホラー大賞となってから、初の大賞を受賞した原浩のデビュー作。かつての横溝正史原作の角川映画群「犬神家の一族」「八つ墓村」を彷彿とさせる地方の村と古い家、暗い過去につながる謎めいた出来事や怪異現象といった舞台設定と導入は、ミステリとホラーという2つのジャンルを統合した同賞にふさわしい趣だ。

ただし、久喜家のまわりで起きる出来事の描写に陰惨さが希薄なのは、まず夫婦役の俳優2人が醸し出す雰囲気によるところが大きい。水上は今年、「九龍ジェネリックロマンス」と本作、そして12月公開予定の「WIND BREAKER ウィンドブレイカー」と主演作が3作も封切られるなど若手人気俳優の地位を固めつつも、本作での穏やかな表情と口調が親しみやすさを感じさせ、緊張を緩和させる効果をもたらす。乃木坂46在籍時から映画とドラマで演技のキャリアを積んできた山下も、2024年にグループを卒業し俳優業に一層注力している印象で、今年出演の映画は「山田くんとLv999の恋をする」と本作、「愚か者の身分」「新解釈・幕末伝」と実に4本。汗ばむような盛夏の村で涼やかに夫の実家に馴染み、異常な状況にも凛とした強さを保つ夕里子を好演している。

本木監督の作風と手腕もまた、令和の新感覚サスペンスの感触とルックを生み出した要因だ。「釣りバカ日誌」シリーズなどの喜劇、「超高速!参勤交代」などの時代劇、池井戸潤原作の「空飛ぶタイヤ」「シャイロックの子供たち」など、娯楽作の大枠で幅広いジャンルを20年以上にわたり手がけてきた監督だが、映画表現の伝統に固執せず時代に合わせたアップデートも認められる。本作でも顕著なのが、人物名とその属性やキーワードを示す文字テロップの使用や、俳優たちの表情をアップでとらえてこまめに切り返すショット。これらの手法は「テレビ的」だとして映画では避けられがちだったが、配信サービスが普及し大小さまざまなサイズの画面に表示される映像コンテンツを、未成年から高齢者まで多世代が視聴することまでを視野に入れれば、大勢にわかりやすい画作りは理にかなった適応かもしれない。

村の景色や久喜家の庭、そして日記の記述から登場人物らが想像する南方の島で日本兵が孤立したジャングルで優勢な緑が、じめっとした感覚を軽減している。また、ある屋内シーンでの青の多用(服や食器の色、壁や家具に映る光)も、涼やかさを演出するだけでなく、怪異が起こり得る異質の世界を示唆するようでもある。

異常事態の謎を解くべく、夕里子が連絡を取った大学時代の先輩・北斗(宮舘涼太)が登場する中盤から、物語は次第に意外な方向へと展開する。ミステリとホラーが交わる妙味が終盤に向けて発揮されていくのだが、詳しくは観てのお楽しみ。映画オリジナルのラストが用意されており、原作を既読の観客にも驚きがあるはず。このラストを含め、日本兵の密林でのサバイバルや、時空と世界が交錯する仕掛けなど過去作に類似する要素もいくつかあるので、鑑賞した人どうしでの意見交換も大いに盛り上がりそうだ。

高森郁哉

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