石炭の値打ち

劇場公開日:2025年11月14日

解説・あらすじ

イギリスの名匠ケン・ローチが1977年にBBCのドラマ枠「プレイ・フォー・トゥデイ」のために制作した2部構成の社会派ドラマ。1969年の映画「ケス」に続いてバリー・ハインズが脚本を手がけ、当時の英国社会を象徴する存在でもあった炭鉱という労働現場を舞台に、そこに生きる人々の暮らしと人生をじっくりと描き出す。

第1部「炭鉱の人々(Meet the People)」(77分)では、イギリス皇太子の視察訪問を控えた炭鉱町の人々が、急ごしらえの“演出”とも言えるような清掃や修繕に奔走し、労働者たちが世間体のためだけに動員される様子をユーモアとアイロニーを交えながら描く。形ばかりの体裁を促す当局とそれに翻弄される労働者たちの姿を通し、階級社会の構造的な滑稽さと暴力性を浮かび上がらせていく。

第2部「現実との直面(Back to Reality)」(91分)では一転してハードでシリアスな作風となり、炭鉱労働における労働者への人権軽視と管理体制のずさんさが引き起こす事故の悲劇を痛切に描写。死と隣り合わせのなかで働く炭鉱夫たちと、その悲劇に直面した家族たちの現実をリアルに映し出す。

日本では未ソフト化・未配信のため鑑賞が困難だったが、2025年11月に劇場初公開。

1977年製作/168分/G/イギリス
原題または英題:The Price of Coal: Part 1 - Meet the People / Part 2 - Back to Reality
配給:スモモ
劇場公開日:2025年11月14日

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(C)Journeyman Pictures

映画レビュー

4.0 40代のローチが放つ幻の名作ドラマ。その手堅い構成と演出に胸打たれる

2025年11月29日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

巨匠ローチがまだ「ケネス・ローチ」とクレジットされていた頃の、BBCで77年に放送された二部構造のテレビドラマ。さすが彼の名声を広めた『ケス』の原作および脚本を手掛けたバリー・ハインズと組んだ作品だけあって、炭鉱町やそこで働く人々への眼差しは慈しみ深い。そして第一部で王室来訪の顛末をコミカルに描いたかと思えば、それが第二部で思わぬ巨大な衝撃となって照り返す構成のなんと力強いことか。それでもローチとハインズが奏でる物語は決して叙情性に流されず、労働者やその家族の尊厳、人はみな平等であるという基本原則をドキュメンタリータッチで理性的に訴えかけていく。時代は、70年代末の大規模ストライキやその末の政権交代によってサッチャーが首相就任する少し前。77年当時の同時代を描いた本作はその後の流れについてまだ何も知らないわけで、いま改めて縦軸と横軸を踏まえた上で鑑賞することで歴史の重みや痛みが感じられる。

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牛津厚信

3.5 コミュニティがそこにあった

2025年11月29日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

サッチャー政権誕生前のイギリスヨークシャー州の炭鉱での出来事が一部はユーモラスに二部は事故後の救助が淡々と絵が枯れていた。
当日ここに視点を置いた事が評価される作品なのですね。

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jiemom

3.0 BBCのテレビ映画

2025年11月27日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

悲しい

ケン・ローチ監督作品で未配信、未ソフト化と聞いて久しぶりに渋谷へ。167分で途中休憩あり。南ヨークシャーの炭鉱夫たちを描く。第1部はチャールズ皇太子の視察を巡るドタバタ。第2部は炭鉱事故を描く。
第1部は何とも馬鹿らしいけど、おえらいさんの視察となれば上司は慌てふためき現場は余計な事をと迷惑顔。
第2部は事故発生の緊迫感と悲壮感を淡々と描きながら家族と労働者、会社の管理者側の苦悩をドキュメンタリータッチで見せる力強さ。
結末もあっさりしながら過剰な演出は無い。
まさにケン・ローチ監督!

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MOVIE FUN MAMIKO

4.5 新自由主義の嵐の前の風景ーー連帯して生きる石炭労働者の貴重な記録

2025年11月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

ケン・ローチ監督の初期作だ。Bunkamuraル・シネマで限定上映された。かつてBBCのテレビ映画として放映されたという、この二部構成作品は、タイムトラベルを体験させてくれる。上映機会を作ってくださったことに感謝したいし、その志に敬意を感じている。

本作は、50年という時間を経て、貴重な時代の記録として、当時の空気感を保存した傑作に昇華したと思う。時間の経過が、この作品を「失われた労働者階級の生活」を伝える貴重なアーカイブという高みに押しあげた。
本作は、ケンローチの原点的作品としても価値が高いが、さらに価値がある理由は、サッチャー政権登場直前の作品であるということだ。先進国が新自由主義的な政策を取り始めて、自由競争と自己責任の世界に移行した。その前の世界はどうだったのかーーそれが見えてくる作品でもあるのだ。

ケン・ローチ作品に見られる、社会の不公正・搾取の構造への怒り、その告発の切れ味は本作では鈍いと感じた。むしろ、本作で描かれる労使の関係や地域の在り方は、温かいものに見える。その理由は明白で、当時は現在ほどひどくなかったからだ。サッチャー政権は、経済立て直しに成功したけれど、それは労働者の没落やコミュニティの解体など、多くの犠牲を伴うものだった。

第1部で、皇太子の訪問に奔走する経営陣の姿は滑稽だ。しかしそれでも、彼らは労働者と同じコミュニティメンバーとして、協力関係にある。第2部の炭鉱事故でも、経営者は責任を取ろうとする意志を見せ、労働者とその家族に対する保護者的な役割を果たそうとしている。
ここにも石炭産業が地域コミュニティとして機能していた最後の時代の記録として見ることができるように思う。
逆にいうと、その後、世界で最も尊敬される映画監督の1人となるケン・ローチは、その後の新自由主義の世界的広がりの中でこそ、その特質を活かすことができたという皮肉な逆説があるのだと思う。
対象となる社会が変質し、システムが個人を排除するようになった結果、本作での「観察者」から、システムを批判する「告発者」へとスタンスを変えていくことになったのではないだろうか。

この作品に登場した労働者と炭鉱はどうなっただろうか。本作に登場したのは、素人の役者たちだ。映画の最後でも、炭鉱のまちの人々の協力への感謝が流された。
映画の公開から数年後、1984年のストライキ敗北を経て、英国の炭鉱は次々と閉鎖されていくことになる。
この作品の多くの中高年労働者は「リタイアした病人」とされていくことになる。健康上の理由で働けないのではない。この時期、製造業が衰退し、中高年は再就職先が見つからなかった。失業者とならざるを得なかったのだが、失業統計上の数値を下げるという政治的な動機もあり、傷病手当受給者へと移行させられた。専門的ブルーワーカーとしての誇りは奪われ、同時に、統計上も見えない存在とされてしまった彼らはどんな想いで、その後の人生を送っただろうか。

また、若い労働者は、第3次産業での再就職が多かったようだ。しかし、そこでうまくやっていくのは、相当大変だったはずだ。イギリス映画の大ヒット作「トレインスポッティング」や「フル・モンティ」は、彼らのその後を描いた作品でもあると言えるのではないだろうか。

この素晴らしい作品をみた今、ケン・ローチ監督の最後の映画と言われる『オールド・オーク』(2023)の劇場公開は、さらに待望されるべきものとなった。
日本ではいまだ劇場公開のアナウンスが届かないこの作品は、炭鉱労働者で賑わった街に、唯一残されたパブでの物語ということのようだ。まさに本作の50年後の後日談とも言える設定だ。
労働者階級の日常を描くことで、2度のパルムドールを授賞した名監督の最後の作品は、先進国での中間層の没落が明らかになった現代こそ、その価値が増していると思う。
ケン・ローチの「原点」である本作がようやく陽の目を見た今だからこそ、その「終着点」である『オールド・オーク』もまた、日本のスクリーンで上映されるべきだと思う。切に公開の実現を願っている。

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nonta