破墓 パミョ : インタビュー
チェ・ミンシク、気鋭監督の挑戦を後押し「大切なのは、自分がこう撮りたいと考えた表現を貫くこと」
2人の巫堂(ムーダン=朝鮮半島のシャーマン)と風水師、葬儀師が掘り返した墓に隠された恐ろしい秘密と対峙するサスペンス・スリラー「破墓 パミョ」が10月18日から公開中だ。韓国では「アベンジャーズ インフィニティ・ウォー」「パラサイト 半地下の家族」を超える約1200万人を動員し、「犯罪都市 PUNISHMENT」「インサイド・ヘッド2」を抑えて7週連続で第1位を記録する大ヒット。第74回ベルリン国際映画祭で上映されたのちに世界133カ国で公開が決定し、韓国のゴールデングローブ賞と称される第60回百想芸術大賞では監督賞/主演女優賞/新人男優賞/芸術賞を受賞するなど、世界中で大旋風を巻き起こす話題作である。
監督・脚本は「プリースト 悪魔を葬る者」(2015)や「サバハ」(2019)を手掛けるなど、ジャンル映画を得意とする気鋭チャン・ジェヒョン。「シュリ」(1999)や「オールド・ボーイ」(2003)などで知られる韓国を代表する俳優チェ・ミンシクが主人公の風水師サンドクを演じるほか、「トッケビ ~君がくれた愛しい日々~」(2016~17)のキム・ゴウン、「コンフィデンシャル 共助」(2017)のユ・ヘジン、「ザ・グローリー 輝かしき復讐」(2022~23)のイ・ドヒョンら、人気と実力を兼ね備えた俳優が脇を固める。
チェ・ミンシクがこれまで挑戦したことのないジャンル映画への出演を決めたのはなぜなのか。その決め手や、撮影現場の雰囲気、「オールド・ボーイ」撮影当時と比べた韓国映画業界の働き方の変化について語ってもらった。(取材・文/ISO)。
【「破墓 パミョ」あらすじ】
巫堂ファリムと弟子のボンギルは、跡継ぎが代々謎の病気にかかるという奇妙な家族から、高額の報酬と引き換えに依頼を受ける。先祖の墓が原因であることがすぐに判明し、お金の臭いを嗅ぎつけた風水師サンドクと葬儀師ヨングンも合流。4人はお祓いと改葬を同時に行うことにするが、墓を掘り返す儀式を始めた矢先、不可解な出来事が彼らを襲う。
●自分が撮りたいと考えた表現を貫く監督を応援したい
――――「破墓 パミョ」はチェ・ミンシクさんのキャリアにはなかったタイプの作品で非常に新鮮でした。馴染みのないジャンルである本作に出演するに至ったプロセスを教えて頂けますでしょうか。
チェ・ミンシク(以下、ミンシク):「プリースト 悪魔を葬る者」(2015)や「サバハ」(2019)を観て、チャン・ジェヒョン監督は精巧なカーペットを緻密にぎっちり縫い上げていくような演出をする方だなと以前から感じていました。どちらも撮るのが簡単ではなかったであろう見事な作品で。そこで監督は霊魂や悪魔、宗教といった形而上学的なものや非現実的なものを驚くようなリアリティとともに描写していて、観客の皆さんにそれを真実かのように思わせる実力が秀でているなと思ったんです。それでぜひこの監督のもとで勉強したいと考え、本作への出演を決めました。
――本作のようなジャンルを得意とするチャン・ジェヒョン監督との初仕事はいかがでしたか?
ミンシク:予想していた通り、制作への姿勢が素晴らしかったですね。家づくりに例えるなら、レンガや壁紙、材木や塗料のひとつに至るまで細かく選んで建てていくように、精魂込めてじっくり制作に向き合っていて。彼は自分が描きたいと考えている世界を具現化するため、要素を一つひとつ丁寧に積み上げていくように映画をつくり上げていきました。基本的なことではありますが、それをここまで徹底してできる監督はなかなかいません。人間であればつい見えないところで楽をしたり、妥協してしまうものですから。でも彼は細部に至るまで一切手を抜くことなく作品づくりに向き合っていたので、年齢的にはかなり歳下でありながらも彼のもとで働けることを誇らしく思いました。
――前半と後半でスタイルの違う恐怖が襲ってくるのが刺激的でした。観客の予想を裏切る非常にユニークな作品だと思いますが、このツイストのある脚本を初めて読んだ時にどう感じられましたか?
ミンシク:私も脚本を読んで、ひとつの作品に2つの物語があるような印象を受けたんです。でも監督のなかでは筋の通った確固たる考えがあったので、その意図について丁寧に説明をしてくれました。もしかするとジャンル映画が好きな方々は、その部分に関して「もっとこうした方が良いのでは」と思うかもしれません。どうしても固定観念というものがあるので「ジャンル映画はこうあるべき」といった既存のイメージにとらわれがちですよね。でもチャン監督はそういった枠にとらわれず、新しいことにどんどんトライしていたので、私もその姿勢に100%同意し応援していました。
映画監督をはじめ、ジャンルに限らずなにかを創作する人々は自分の思うがままに表現するべきではないでしょうか。そうしてこそはじめて、それが良い道なのか悪い道なのかを見極められると思うんです。大切なのは「こうすれば観客に喜ばれるだろう」といった考えや既存の枠にとらわれるのではなく、自分がこう撮りたいと考えた表現を貫くこと。そういう心構えでつくった結果なら、もし観客から賛同を得られなかったとしても、私は拍手を送りたいです。
●風水師という役どころは「ほとんど違和感なく演じられた」
――風水師という役柄に説得力を持たせる演技はさすがでしたが、今回風水師を演じる上でどのようなリサーチを行われたのでしょうか?
ミンシク:今回演じるにあたっては、実際の風水師にお会いしたり資料を集めたりといったリサーチは行いませんでした。なぜなら私の意識のなかには、すでに風水や民間信仰のようなものが土台としてあったからです。おそらく多くの韓国人も同じように、そういったものが無意識のうちに染み付いているのではないでしょうか。
私の場合は、子供の頃に仏教徒である両親や祖父母とよくお寺に行っていたことが関係していると思います。そのお寺の僧侶の方々は東洋哲学に通じていたことから、自然と人間の相互作用についてよく知っており、自然のパワーが左右する人の幸や不幸、もたらす福や災いをまるで診断するかのように理解していました。つまるところ風水というのは人を幸せにする学問であり、哲学でもあるのです。私が風水に親しみがあったのは、お寺で両親と僧侶がそういう話をしていたのをよく見聞きして育ったからですね。いつも役をもらって演じる際には馴染みがないなと感じることがほとんどなんですが、今回はほとんど違和感なく演じることができました。
――異なるプロフェッショナルが一堂に介し、同じ目的に挑むというのはある種ヒーロー映画のようですよね。
ミンシク:スリラー版「アベンジャーズ」です!
――あはは!破墓チームの仲間を演じたユ・ヘジンさん、キム・ゴウンさん、イ・ドヒョンさんは世代も性別もキャリアもバラバラでしたが、彼/彼女らとの連携はいかがでしたか?
ミンシク:これ以上ないほどに良かったです。そのなかでは私が一番の年長者で、イ・ドヒョンさんが末っ子でしたね。もちろん我々4人はもともと、親睦を深めるために集まったわけではありません。年齢関係なく自らが俳優という映画のプロであることを認識して、より良い作品をつくるために集まったのです。
各自演じる役を認識し、このアンサンブルで作品にどんな影響を与えられるのかということも常に考えていました。そして演じる際には、みな自分ができる最高のパフォーマンスを目指して演技をしていました。俳優の後輩たちがそうやって切磋琢磨していたので、年長者である私も怠けてなんていられませんでしたね。そのようにプロフェッショナルであるがゆえの素晴らしいチームワークを発揮することができたと思いますよ。
――本作の大きな見所のひとつがキム・ゴウンさんが中心となって行う大迫力のお祓いシーンですよね。映画的面白さと生々しさを兼ね備えていて圧巻でしたが、撮影中の雰囲気はいかがでしたか?
ミンシク:素晴らしい(日本語で)!キム・ゴウンさんになにかが乗り移ったようで、今後は俳優業のほかに巫堂(ムーダン)の仕事もやっていくんじゃないかと心配になりました。ユ・ヘジンさんと撮影裏で「大変なことになった…本当に取り憑かれているのでは?」という話もしていたくらいで(笑)。
巫堂という役を演じて、あのようなパフォーマンスを見せることはゴウンさんにとってかなりの重圧だったと思います。でも彼女はキャラクターを深掘りするために身を粉にして、ディティールまで突き詰めて表現していました。俳優としては後輩ですが、そんな彼女の姿には心から尊敬の念を抱きましたね。
●実は寝ていた?傑作「オールド・ボーイ」のあの名シーン
――現在日本では韓国映画ブームの火付け役となった「シュリ」がデジタルリマスターで上映されています。ミンシクさんが大鐘賞の主演男優賞を受賞した印象深い作品だと思いますが、今この作品が日本で再注目されていることについてどう思われますか?
ミンシク:とてもとても幸せな気持ちでありつつも、少し怖い気持ちもあるような…。たとえば高校の日記帳を取り出して読まれているとでも言いますか。良くも悪くも、そこにあるのは私の過去の姿です。今見返すと笑顔になることもあれば、「なんでそんなことしたんだろう」と恥ずかしくて赤面してしまうこともあるんですよね。そんないろんな感情が入り乱れるような感覚もありますが、25年の時を経てもう一度関心を持って頂いていることは本当にありがたいですし、心から嬉しく思います。
――韓国における映画業界の労働環境はどんどん良くなっていると伺っています。今回「破墓 パミョ」を撮るうえで、またはここ最近でポジティブな変化があると感じたことなどあれば教えてください。
ミンシク:一昔前と比べると本当にポジティブな変化があったと思いますよ。大きいのは週にMAX50時間、一日MAX12時間まで、という就労時間を順守するようになったということですね。以前はそういったルールはまったくなくて、徹夜で撮影を続けるということもざらにありました。「シュリ」や「オールド・ボーイ」のときは、監督が「ここまで」というまでずっと撮りつづけるんです。「アクション!」と言われると役に入りますが、身体的に疲弊して素が出ることもありました。
「オールド・ボーイ」のクライマックスで、ウジンというキャラクターがエレベーターで自殺する前に「俺たちはすべてを知って愛し合った。お前たちはどうだ」と言うシーンがあります。私が演じたデスはその言葉を聞いて泣きながら地面にひれ伏すんですが、実はそのとき私は寝ていたんです(笑)。なにしろ3日間徹夜が続き、一睡もしていなかったので。
以前はそんなふうに根性でやれるとこまでやろうとしていましたが、今思えば本当に無謀でしたよね。そう考えると、今の労働環境は本当によくなっていると思います。最初は変化に戸惑うこともありましたが、その働き方が定着した今では、以前よりも効率的に仕事ができるようになりました。