コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第56回
2023年9月20日更新
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!
アカデミー賞台湾代表「僕と幽霊が家族になった件」 監督が語る“死者との同性婚”をコメディとして描いた理由
今回のテーマは、2022年・金馬奨のクロージング作品として上映された台湾映画「僕と幽霊が家族になった件」。
この作品は、2023年上半期、台湾をはじめ、アジア全土を席巻しました。2023年の上半期における“もっとも人気のあった中華圏映画”と称されています。
今年の旧正月にあわせて公開され、現時点では2023年に公開された台湾映画のなかで“興収1位”を記録しています。しかも、台湾映画の歴代興収ランキングトップ10にランクインし、現時点では7位。今年3月に開催されたアジア・フィルム・アワードにも、作品の主要メンバーが参加し、レッドカーペットなどのイベントに出席したことで大きな盛り上がりを作っていました。
その後、香港、韓国、カンボジアなどアジア各地で続々と公開。8月10日からは、Netflixでの全世界配信もスタートしました。
監督のチェン・ウェイハオは、いまや“台湾映画界No.1のヒットメーカー”と呼ばれています。
映画.com ALLTIME BESTにも入っている「目撃者 闇の中の瞳」、ホラー映画の名作「紅い服の少女」シリーズ、チャン・チェン主演作「The Soul 繋がれる魂」など、多くの話題作を手掛けてきましたが、「僕と幽霊が家族になった件」では、更に“進化”しています。
万人向けのエンターテインメントとして、商業的に成功。コメディとしてLGBTQというテーマに真正面から向き合っていく演出は、映画評論家からの評価も高く、第96回アカデミー賞国際長編映画部門の台湾代表にも選ばれています。
8月上旬、本作の日本上映イベントに参加したチェン・ウェイハオ監督にインタビューを実施。映画の話だけでなく、台湾映画界の“いま”についても教えてくれました。
【「僕と幽霊が家族になった件」概要】
台湾や中国など東アジアや東南アジアに古くから伝わる風習「冥婚(めいこん)」を題材に描いたコメディ。「冥婚」は生者と死者が行う結婚のこと。台湾などの一部地方に伝わる風習の場合は、未婚のまま亡くなると遺族が本来ご祝儀を入れる赤い封筒「紅包」を道端に置き、その包みを拾った者が死者と形式上の「結婚式」を強要されるというもの。拒否すれば罰が当たり、不幸になると言い伝えられる。
うだつの上がらない警察官の青年ウー・ミンハン(グレッグ・ハン)は捜査中に落ちていた祝儀袋を拾うが、冥婚の習わしで、若くしてひき逃げ事故で亡くなったゲイの青年マオ・バンユー(リン・ボーホン)と結婚をしなければならなくなってしまう。そのことに頭を悩ませつつも、ある事件の解決に向けて奔走するウー・ミンハンだったが……。
●企画の始まりは「野草計画」 台湾の同性婚合法化について
――まずは、本作の企画の経緯について教えてください。確か「野草計画」(オリジナルIPを発掘するため、2018年から不定期で行われている企画コンペティション。台湾の映画会社、映画館、配信プラットフォームなど、10社共同によるもの)から始まったとお聞きしています。
そうですね。実は「野草計画」はアイデアといいますか、アウトラインの募集なんです。ストーリーというより、ある意味概念ですね。そこで数百文字程度の原型を見つけたんです。非常に興味を持ち、映画化に向けてすぐに動き出しました。そこから脚本のウー・ジンロン先生を誘い、一緒に脚本を開発していきました。物語もより“二項対立”の形となっていきました。
――台湾では、2019年に同性婚が合法化。社会全体に大きな変化がありました。2020年「君の心に刻んだ名前」のリウ・クァンフイ監督を取材した時にも同性婚の合法化について色々話をしました。本作においてLGBTQは重要な要素だと思いますが、作品を作るうえで、どのような思いを込めたのでしょうか?
脚本執筆前から、台湾の同性婚が合法化に向けて進んでいることを知っていました。そのことにより、新しい結婚と恋愛の価値観が生まれるだろうと予想していました。私たちは、LGBTQのコミュニティについて、多くの調査を行い、同僚や友人たちと、結婚と恋愛の価値観について話し合いました。そこで感じたのは「価値観は変わっていない」ということです。LGBTQであるかどうかは関係なく、根本的な部分はずっと変わりませんでした。
●“LGBTQ映画”のイメージも壊したかった そもそも“LGBTQ映画”というものは存在しない
――本作で特に印象深いのは、コメディとしてLGBTQというテーマを描くということです。これは非常に大胆なアイデアだと思いました。
原型の内容自体も、かなりコメディ寄りだったんです。何度も切り口や視点についてディスカッションを行った結果、やはりコメディという形式が一番良いと感じたんです。できるだけ、説教に見えるようなことは避けたいと。観客が共感できる内容にしたいと考えていました。
ただし、コメディを作ることは簡単なことではありません。少しでも“ズレ”が生じれば、大変なことになる恐れがあります。このバランスが非常に重要だと思います。台湾で行ったQ&Aでも話しましたが、作品の前半ではステレオタイプな要素を使い、あえて“対立”を生み出しています。その“対立”によって、さまざまなコメディが生じます。そこから主人公2人の旅を通じて「ラベルをはがし、ステレオタイプを打破する」という我々が一番伝えたかったことを表現しました。ある意味、これまでに製作されてきた数多くの“LGBTQ映画”のイメージも壊したかった。そもそも“LGBTQ映画”というものは存在しないと思っています。
●冥婚について
――日本の観客は恐らく「冥婚」という概念にあまり馴染みがないかもしれません。監督の言葉で簡単に説明していただけますか?
冥婚とは、生前に恋愛や結婚に憧れていた人が、早くに亡くなってしまった場合、その遺志を遂げるために行われる儀式です。亡くなった人の“結婚をしたい”という願望を実現させるために行われます。この作品は、伝統的な風習や民俗を通じて、いくつかの慣習を変えることで展開していきます。台湾だけでなく、中華圏全体がこのような風習を大体知っていると言えるでしょう。
●主演グレッグ・ハンのキャスティング秘話
――では、キャスティングについて。主演のグレッグ・ハンは、いまやアジアの大スターですね。
彼の出演作で最も人気があるのは、ドラマ「時をかける愛」でしょう。ですが、我々は「時をかける愛」に出演する前から、既に彼をキャスティングしていました。主人公にぴったりだと思ったからです。だから、半年後に彼が大スターになるとは夢にも思わなかった(笑)。彼はさまざま役がこなせる天才役者でありながら、オフの時はいつも礼儀正しく、謙虚。素晴らしい役者だと思います。
●台湾映画界の“いま” 「ローカルな要素を入れれば入れるほど、海外で成功しやすいのではないか」
――本作は、台湾でメガヒットとなり、香港や韓国、東南アジアなどでも大きな話題を呼びました。そして、日本公開、さらにはNetflixでの全世界配信がスタート……もの凄い勢いですよね。ヒットメーカーの監督には、台湾映画界の現状についてもお話していただきたいです。
15年前に台湾映画のイメージを聞かれたら、大半の方々が“台湾ニューシネマ”のことを口にしたでしょう。しかし、その頃活躍した方々は、既に巨匠の領域に到達していますから、我々新世代の映画人が新しい道を開拓しなければいけません。我々には、どんな可能性があるのか。私自身も多くの探求を行いました。幸いなことに、この十数年間、台湾映画は良い方向に向けて進んでいます。業界全体もさらに成熟し、作品自体にも多様性を感じています。しかし、これだけで満足することはできません。市場の変化は早くて激しい。どんどん新しい事に挑戦していかないと追いつけないんです。
そして我々の作品は、台湾だけでなく海外にも発信したいと常に考えています。
「僕と幽霊が家族になった件」は、アジア各国で上映されてから、Netflixで全世界配信という流れになりました。最近の台湾映画では、よくあるバターンですね。海外展開の難しさはもちろん知っていますが、色々な作品を作ってきて、大きな方向性は同じではないだろうかと思うようになりました。特に、私が良く作っているジャンル映画に関して、正直に言えば、作り方は昔からそんなに変わっていません。それは別に悪いことではないですが、クリエイターとしては、その古典的な構成の中に、自分の個性――いうなれば自分が住んでいる土地の“個性”を入れることが、一番大事だと考えています。ローカルな要素を入れれば入れるほど、海外で成功しやすいのではないかと。私が作った「紅い服の少女」のモデルは、台湾では誰でも知っています。しかし、海外ではそれほど知られていない。同じく、日本の“貞子”もそのような形で世界進出に成功していますよね。
●好きな日本の映画監督は?
――では最後に、好きな日本の映画監督を教えてください。
私は日本が大好きで、仕事以外でも、観光のためにたびたび訪れていました。
好きな日本の映画監督をあげだしたら、きりがないですが、特に名前を挙げておきたいのは山下敦弘監督です。是枝裕和監督と比べると、世界的には知られていないかもしれませんが、私にとっては非常にユニークな監督です。ある意味ジャンル映画に近い作り方を行っていると思いますが、手法、形式、内容も非常に独特で強い作家性を感じています。「リンダ リンダ リンダ」はもちろん、「オーバー・フェンス」が本当に大好きなんです。
筆者紹介
徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。
Twitter:@xxhhcc