コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第18回

2020年6月19日更新

どうなってるの?中国映画市場

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数277万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!


第18回:作り手、宣伝、バイヤーは「Douban」の存在感を見逃せない!“データの削除”という問題も

「Douban」トップページ
「Douban」トップページ

「この映画のスコア“9.1”じゃん! 絶対一緒に見に行こうよ!」(映画ファン)

「公開中の●●監督の新作、現在のスコアは“8.8”という高評価です。だから、絶対見逃さないでくださいね」(映画宣伝マン)

「この監督、名前を知らなかったんですが…スコアが高いですね。是非、ライセンス契約の話をさせてください」(バイヤー)

彼らの話に登場する“スコア”――何かわかりますか? これはコラムのなかでも、何度か触れたことがある「Douban」の“スコア”なんです。1億6000万人以上のユーザーを抱えている「Douban」は、中国で最も権威のあるソーシャル・カルチャー・サイトとして知られています。映画や書籍などの鑑賞記録やレビューはもちろん、作品に対する“大衆の口コミ”がチェック可能。つまり、見る側だけでなく、作り手や、彼らが生み出したコンテンツで商売をする人々にとっても、最も参考にできる中国国内のサイトといっても過言ではないでしょう。しかも、その力は中国政府に影響を与えるほど! 今回は前編と後編に分けて、「Douban」を紹介していきます。

ロゴマーク
ロゴマーク

「Douban」の創設者・楊勃は、中国の名門・清華大学を1985年に卒業し、アメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校に進学しました。その後、IBMに入社し、暫くしてから中国に帰国。プログラミング好きだった楊勃は、04年10月から「Douban」の開発に着手し、05年3月6日に「Douban.com」を誕生させました。現在の「Douban」は、「IMDb」のような映画情報データベース、書評、掲示板、ブログ、音楽・動画共有など、様々な機能を持つ総合SNSサイトとなっていますが、創設当初は“同じ趣味を持つ友達が探せる掲示板”でした。

最初から備わっていたセクションは書籍だけでしたが、SNSの後押しもあり、すぐに人気が急上昇。映画や音楽のセクションといった機能を拡充させていき、1年未満でユーザー数は10万人を突破。07年11月には、創設2年弱にもかかわらず、ユーザー数は100万人を超えていました。ここで注目すべき点は、ユーザー数の非常に多かった香港と台湾のために、繁体字のサイトを同時開設したこと。当時、中国大陸のWEBサイトが、香港や台湾に浸透していたというのは、非常に珍しいことだったんです。

なぜこんなにも多くの人々が「Douban」に魅せられたのでしょうか? 私も07年から使っているので、自分の体験を交えつつ、映画セクションを中心に解説してみたいと思います。「Douban」には多くの機能が備わっていますが、個人的に最も好きなものが“記録”です。映画.comやFilmarksと同じく「いつ、どこで見たのか」「どんな作品を見たか」「作品のスコア」を付けることができます。鑑賞の思い出だけでなく、映画ファンにとっては“自分のデータベース”を作ることができる場となっています。

特筆すべきは、タグ機能を利用した“記録の細分化”です。例えば“2019年映画祭”というタグをつけると、2019年に映画祭で見た作品はまとめることができます。“小津安二郎”タグをつければ鑑賞済みの小津作品をチェックすることができますし、未見の小津安二郎作品もすぐに調べることができます。“日本映画”というタグで「今まで何本の日本映画を見たのか?」という疑問も解消することが可能です。

タグ機能を使用したページ
タグ機能を使用したページ

さらに、毎月ユーザー宛に月間レポートが送られてきます。映画&ドラマの鑑賞本数はもちろん、前月との比較、1カ月間に見た作品の特徴もまとめてくれているんです。そして、年末には“あなたの年間総括”なんてものも作成してくれます。ここには年間の鑑賞記録以外にも、世間との比較分析(例:「Douban」でのスコアは高いが、あなたの評価は低い)、鑑賞作品のなかで最も古い年代に製作された作品、最も作品を鑑賞した監督&俳優の名前などが記載されています。

「Douban」の映画データベースは、その大半がユーザーによって作られたものです。これはなぜかと言うと、中国では公開されない作品が多すぎて、国内の公開状況に合わせていくと、映画情報サイトとして成立しないからです。そのためデータベースは、世界の映画界の動向に合わせて、更新されていきます。ただし、作業は膨大ですし、内部スタッフだけでは手が回らない。だからこそ、情報の登録(書籍、音楽も含む)は「熱意のあるユーザーに任せてしまおう」という発想に至ったんです。

そこで「Douban」は、世界最大級の映画データベース「IMDb」と提携することにしました。「IMDb」に登録された映画であれば、ユーザーが“基本情報“と“「IMDb」のページ番号”を入力すれば、「Douban」のスタッフの審査を得なくても、作品のページを作ることができるようになりました。

作品ページの作成画面
作品ページの作成画面

「IMDb」に登録されていない作品の場合は、スタッフの審査を一度受ければ、ページを作ることができます。ちなみに、私も日本映画を中心に、約1200作品のページを作成させていただきました。楊勃は「『Douban』は、一気に作られたものではありません。ユーザーと一緒に成長し、一緒に喜びを分かち合うサイトです」と話しています。「Douban」は、ユーザーの力によって、成長を続けています。一方、ユーザーも「Douban」を通じて、“自分のデータベース”を作ることができ、自分と同じ趣味を持つ仲間を見つけることができる。そこで得た満足感や達成感は、多くの映画ファンにとって人生の財産になっているはずです。

インターネットが普及していなかった時代では、同じ趣味を持つ者を探すということが困難でした。しかし、今は人と人との距離が縮まり、世界はどんどん“一体化”しつつあります。「Douban」の魅力――それは、ユーザー同士のコミュニティから形成された“ユートピア”です。ある作品の評価、レビューをしたことによって、自分と同じ意見を持つ者を見つける。そこから好きな作品について話し合ったり、互いに作品を勧め合ったりすることで、自分たちの“世界”が誕生します。出会ったことがなくても、精神的には既に会っているような感覚を抱き始めるんです。

私も「Douban」でレビューを書いたことによって、多くの友達ができました。いまだに会ったことのない方々もいるのですが、同じ趣味を共有し合える方々ばかりなので、常に映画の話をしています。「Douban」は、人々に“場”を提供してくれました。ちなみに、個人的な話になりますが、ライターの仕事を始めたきっかけも「Douban」なんです。レビューを読んでくれた雑誌の編集者と仲良くなり、そこからライターの仕事をスタートさせました。本当に不思議な“空間”だなと、感じ続けています。

“自分の世界”を作ったユーザーは、現在1億6000万人を超えています。中国社会は“口コミ重視”。「Douban」のスコアは、ユーザーたちの評価を示す指標であるとともに、作品のビジネス面にまで影響を与えることになります。18年、中国大手配信サービス「IQIYI」は、自社制作のバラエティ番組のスコアが低すぎるということを理由に「Douban」を訴えています。この背景には、ユーザーが放送前にデマ情報を拡散したことで、番組にダメージを与えてしまったというものがありました。この件の是非は別にして、スコアの影響力がいかに凄いかということを、改めて実感しました。

映画の製作チームも「Douban」のスコアを非常に気にしています。熱狂的なファンを除けば、中国の観客(特に若い層)は、映画を見る前に、基本的にスコアをチェックする。つまり、このスコアが低ければ、いくら宣伝に力を入れようとも徒労に終わります。反対にスコアが良ければ、初週末の興収が悪かったとしても、次週の成績で巻き返しをはかることが可能です。ちなみに、ユーザー数があまりにも多いので“ステマ”を行うことは難しいとされています。

映画セクションのページ
映画セクションのページ

このスコア、実は海外映画ライセンス契約にも深く関わっているんです。私と同じように、世界各国には中国出身の方々が大勢暮らしています。たとえ中国国内での上映が決まらなくても、世界に住んでいる中国人が「Douban」を利用して、居住国の新作を評価、レビューをすることがあります。海外に住みながら、わざわざ中国のサイトに感想を投稿する人は、その大半が熱狂的な映画ファンでしょう。彼らの意見は、参考にする価値があるんです。ですからスコアが良ければ、バイヤーも動く。中国のバイヤー、日本の海外セールス担当者に確認してみたのですが、契約相談中に「Douban」の話題がよく出るみたいですよ。

これほど影響力のあるサイトなので、ネット検閲の厳しい中国では、時々問題が起こることも。海外に住んでいるユーザー、現在の中国に不満を持つ人々の“不適切な言論”はもちろん、上映禁止の措置がとられた作品は、作品ページを作ることができません。これは、ロウ・イエ監督作「天安門、恋人たち」、ワン・ビン監督作「無言歌」といった中国映画だけでなく、韓国映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」「1987、ある闘いの真実」といった韓国映画までも“中国政府の意向に反している”という理由で、作品ページが削除されてしまいました。一方、中国のプロパガンダ映画に関しては、悪質ユーザーのスコアやレビュー(過去に何度もあった事例です)を防ぐため、近年スコアを付けることができなくなりました。

「Douban」誕生から15年間、中国のインターネットの世界はどんどんと進化をとげています。ユーザー数7億人を超えた「微博(WEIBO:ウェイボー)」など市場を占有する企業も出てきていますが、「Douban」はさほど影響を受けてはいないようです。それは、初心を貫き、最高の“空間”を提供し、ユーザーを味方につけているからでしょう。

後半では「Douban」の映画に関する“データ”を覗いてみましょう! 中国ではどのような作品が好まれているのか。どんな日本映画に人気が集まっているのか。次回をお楽しみに!

筆者紹介

徐昊辰のコラム

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。

Twitter:@xxhhcc

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