コラム:下から目線のハリウッド - 第4回
2021年3月5日更新
ポップコーンがコロナ禍の映画館を救う? 今だから考えたい映画館の「おカネ」と「体験」のハナシ
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、コロナ禍で苦境に立たされている「映画館」。その収益構造の一部や、映画館ならではの映画体験について語ります!
三谷:最近、映画館行ってますか?
久保田:行けないですよ。ずっと家にいますし、仕事のスケジュールがギチギチで行きたいなと思っても気が付いたら映画館が終わってますから。
三谷:ですよね。緊急事態宣言もありますし、20時に終わるとなると平日はなかなか足を運べないですよね。なので最近「映画館が恋しいな」っていう気持ちが出てきてるんじゃないかなと。
久保田:僕は映画は映画館でしか観ないんだよね。
三谷:それは素晴らしいですね。
久保田:映画ってテレビで観る用にフォーマットされてないじゃないですか。
三谷:それは間違いないです。
久保田:テレビの放送枠に合わせて編集もされちゃうし。だから、きちんと映画を楽しむなら、映画館に行くしかないなって。
三谷:わかります。そんな「映画館」なんですがコロナ禍ということもあって、みんな「映画館に行けないから家で観る」というスタンスになっていたみたいです。なので、2020年の日本の年間興行収入が、前年比マイナス45.1%で約1433億円だったそうです。
久保田:そのうちの何割かが「鬼滅の刃」ってことか。
三谷:そうですね。350億円くらいが「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」ですね。
久保田:すごい! じゃあ、4分の1だ! その次は「TENET テネット」?
三谷:いえ、次は「スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け」だったみたいです。2019年12月に公開されて、繰り越しされた感じですね。
久保田:そのパターンのやつね。じゃあ僕の大好きな「メジャーリーグ2」はどうだったの?
三谷:「メジャーリーグ2」はもう27年前の作品なので、残念ながらランク外です(笑)。
久保田:でもやっぱり映画館はいいですよ。
三谷:どのあたりが「いい」って思います?
久保田:日常空間から切り離されるじゃないですか。携帯もいじらないし。つまり、携帯から解放されて何かひとつのことに集中するってシチュエーションは、今の世の中なくないですか?
三谷:そうですね。仕事以外で一カ所に2時間近くも座り続けるってあまりないですよね。
久保田:携帯ってプッシュ通知とかすごく来るじゃないですか。こんな話をしている間にも――ほら、ちょっと見ない間に通知が30件くらい来てますけど、これ、本当だったら30何回も着信音が鳴ってるってことですからね。音が鳴ったらやっぱり見ちゃうじゃないですか。
三谷:見ます見ます。
久保田:それを見ないで作品に集中できるし、テレビみたいにCMも入らない。これって現代においてとても贅沢な時間ですよね。あとは、ポップコーンを食べたり。
三谷:ポップコーンはいいですよね。久保田さんは毎回食べる派ですか?
久保田:子どもの頃から毎回食べる派。それも断然、塩味派。キャラメル味とかじゃなくて。
三谷:バターとかはどうです?
久保田:ポップコーン買うと、毎回必ず「バターかけますか?」って聞かれるけど毎回断る。
三谷:アメリカだとバター味どころか「追いバター」ができますよ(笑)。
久保田:だから、あんなすごい体型になっちゃったりするんだよ(笑)。
三谷:まあねえ(笑)。
三谷:そういった商品のことは「コンセッション」と言われるんですけれど、ポップコーンとかドリンクの売上は、全部劇場の売上になるんです。
※「コンセッション(concessions)=売店で売られている商品」のこと。映画館のスタッフ間では売店のことを略して「コンセ」と呼ぶケースもある。
久保田:配給会社とはシェアしないってことだ。
三谷:そうなんです。ポップコーンの原価ってかなり安いはずなので、500円のポップコーンが売れれば480円くらいの売上になるんですよ。
久保田:居酒屋の業態でメニューが多いと儲からないけど、バー業態だと儲かるというのと同じだ。イタリアンのお店がいいワインを出しているのも同じで、ドリンクは原価があまりかからないから利益が上げやすいんだよね。
三谷:そうなんですね。
久保田:ということは、こういうご時世で大変な映画館をなんとかするには、みんながポップコーンを食べまくればいいんだ。
三谷:まさに。ポップコーンで映画館を救うことができます。じつはチケット代は映画館と配給会社で折半するので、興行収入のおよそ半分くらいしか映画館の収益にはならないんですよ。でも、チケットに加えてポップコーンとコーラを買ってくれれば、映画館は「ありがとうございます!」って感じになりますね。
久保田:仮に、ひとりがポップコーンや飲み物で1000円使うとして、1回の上映で100人のお客さんが来たとしましょうか。
三谷:1000円×100人で10万円になると。
久保田:で、同時に他の映画を上映しているシアターが5つあるとしたら、50万円だ。
三谷:一回の上映で、ですね。はいはい。
久保田:それが一日で5回転くらいするとしたら、250万円。一日250万円で映画館ってやっていけるのかな?
三谷:一カ月30日だとしたら、月7500万円ですよね、充分やっていけるんじゃないですかね?
久保田:年間だと7500万円×12カ月だから……だいたい9億円か。
三谷:ポップコーンとドリンクだけで、ですよね。それにチケット代が乗りますから、そうするとかなり余裕がありそうですよね。
久保田:でも、ポップコーンもドリンクも、チケットの売れ行き次第じゃないですか。映画館に行って、ポップコーンとドリンクだけを買って帰る家族連れとか老夫婦って、僕は見たことないもん(笑)。
三谷:それはそうですね(笑)。
久保田:でも、そういう「映画は観ないけどポップコーンとドリンクだけ楽しんで帰る」みたいなスタイルを生みだせたらすごいけど、さすがにそれはムリでしょ?
三谷:難しいですよね。
久保田:こうやって考えてみると、客足が伸びない映画を映画館が上映しなくなるのもわかるなぁ。
三谷:そうなると、お客さんがいっぱい来てくれる「鬼滅の刃」をもうちょっとやりたい、という話になってくるんです。
久保田:あとは、もう強制的に買わせるしかないね。
三谷:どういうことですか?
久保田:チケットのもぎりの手前に関所みたいのをつくって、そこでポップコーンとドリンクを買わないと中に入れないみたいな(笑)。
三谷:「こんな映画館はイヤだ」って大喜利ですね、それは(笑)。
久保田:グッズとかパンフレットを買うのは映画館としては嬉しいんですか?
三谷:グッズやパンフレットは「映画の商品化」という扱いになるので、配給会社に入って、そこからいろんな経費を差し引いたうえで、出演者に配分される原資になります。
久保田:映画館には配分されない?
三谷:そのあたりは僕もそこまで詳しくないですが、映画館にも少しは入ると思います。入ったとしてもポップコーンほど「おいしく」はないんじゃないですかね。
三谷:映画館の良さの話をすると、やっぱりいろんな人が一カ所に集まって、大きな画面で壮大な物語を映像と音で体験することによって「共同体感」みたいなものが生まれてくると思うんですよ。それ自体が価値あることなんじゃないかなって。
久保田:なるほどね。
三谷:見ず知らずの人でも「つながり」を感じることってあると思うんですけど、それは映画館ならではの良さですよね。
久保田:映像や音のクオリティがすごかったりすると、そういうことがあるかもしれないね。
三谷:そういう壮大なものを、スマホとかで観られるとちょっとツライなっていう思いがありますね。
久保田:ストーリーの筋はわかるけど、インパクトは全然違うよね。
三谷:たとえば、宇宙が舞台の映画とかはさすがに映画館で観てほしいなって思いますね。「ゼロ・グラビティ」みたいな作品とかはそうですし、クリストファー・ノーラン作品は、絶対に映画館で観てほしい。
久保田:テレビで観るのはもったいないね。「TENET テネット」なんかスマホで観たら、最悪、コントにしか見えないかもしれない(笑)。
三谷:逆再生コントみたいな(笑)。クリストファー・ノーラン作品みたいに圧倒的な映像の体験もそうですし、映画は「映像と音」でできてますから「音」の体験は重要です。
久保田:スマホで映画観るっていうのは、話題にキャッチアップする目的以外だとないと思うんだよね。作品を楽しむという目的ではないんだったらわかるけど、個人的にはそれで楽しもうという感覚はちょっと理解できないかなぁ。
三谷:最近増えてきている「映画体験」で言うと「4DX」とか「MX4D」とか「IMAX」とかってありますよね。
久保田:なんですかそれ?
三谷:「IMAX」はご存知じゃないですか? すごく大きなスクリーンで観るみたいなやつです。
久保田:あー「TENET テネット」観たときのだ!あれはすごかった。
※「IMAX(アイマックス)」:通常の映画で使われるフィルムよりも大きなサイズのフィルムによる記録・再生で、より高画質かつ高精細な映像が楽しめる。
※「4DX(フォーディーエックス)」:韓国のCJ 4DPLEX社が開発した体感型劇場上映システム。「シートの可動」「風」「水しぶき」「匂い」「煙」「風圧」「雷」「雨」「泡」「フラッシュ」の10種類の要素を体感できる(一部劇場に「熱風」エフェクトを導入)。
※「MX4D(エムエックスフォーディー)」:アメリカのMediaMation社が開発した体感型劇場上映システム。「シートの突き上げ」「首元への感触」「背中への感触」「匂い」「風」「水しぶき」「足元への感触」「地響き」「突風」「霧」「ストロボ」の11種類の要素を体感できる。
三谷:個人的に「IMAX」は好きなんですけれど、「4DX」「MX4D」みたいに席が揺れるとか風が吹いてくるとか水がかかるとかは苦手ですね。
久保田:僕も同じかなぁ。たとえば、滝が目の前で轟々と落ちているシーンがあったとして、そこで水が少しだけピュッてかかったら、「あれ、そんなわけないよね?」って急に現実に引き戻されるちゃう気がする。
三谷:「誰の視点に立った演出なのか」が考え抜かれていたらいいなと思うんですよ。ある作品をMX4Dで観たときに、一般人みたいな人が襲われるシーンで、座席の後ろから振動が来たんです。
久保田:はいはい。
三谷:そのときに「その人の目線に立ってなかったな」って思ってしまって。観客がその画面の中で感情移入している人とリンクしている設計がされていれば、また違った体験ができたんでしょうけど。
久保田:そうだねぇ。
三谷:今後で言うと、VR映画とかも出てくると思うんですけれど、情報量が多すぎるのもツラくなるんじゃないかなとは思いますね。
久保田:たしかにね。
三谷:だから、じつは映画体験という意味では「今がちょうどいい」ラインだと思いますし、今後、残ってほしいなと思う映画体験は「IMAX」の方向性ですね。スクリーンを大きくして、音響を立体的にしていって、より没入感を演出していくのがベストなんじゃないかなと思いますね。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#33 ポップコーンが映画館を救う? 今だから考えたい「映画館体験」&劇場とおカネの話)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari