「人情紙風船」「座頭市物語」 : 芝山幹郎 テレビもあるよ

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コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第30回

2011年10月24日更新

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「人情紙風船」

ご承知のとおり、山中貞雄の遺作である。公開当時27歳だった山中は、翌1938年、戦地の中国河南省で病死している。その折、手記に書きつけたのが「紙風船が遺作とは、チト、サビシイ」という一行だ。わかる気はするものの、贅沢な不満だ。私も彼の最高傑作は「丹下左膳・百万両の壺」だと思うが、「人情紙風船」はけっして悪くない。この映画には、見る者の胸裡に深く沈む錘が付着している。天才的な構図感覚も半端ではない。

舞台は江戸の貧乏長屋である。主な登場人物は遊び人の髪結新三(中村翫右衛門)と浪人の海野又十郎(河原崎長十郎)だ。

又十郎は父親の朋輩だった毛利という侍にすがって、仕官先を紹介してもらおうとしている。新三は勝手に賭場を開き、地元のやくざに睨まれている。そんな食い詰め者のふたりが、白子屋という質屋の箱入り娘と関わりを持つ。といっても、生臭い関わりではない。彼らが娘の将来を少しだけ左右することで、映画は意外なほど危うい場所におもむく。

ただし、山中は基礎工事に力を注ぐ。縦構図を生かして貧乏長屋の奥行をとらえ、そこにうごめく人々のゆるやかな日常を描きつつ、又十郎や新三の身体の内部に潜む深い虚無感を、少しずつ少しずつあぶりだしていく。

その手際は20代とは思えぬほど冷静だ。いや、むしろ老練という形容さえ使いたくなる。長屋の大家も、質屋の主人も、やくざの親分も、それぞれの輪郭をくっきりと際立たせつつ、けっして浮くことがない。

さらに特筆すべきは、雨のシーンや朝の訪れを告げる場面の映像の鮮やかさだ。草履一足で、あるいは屋根の映像ひとつで、山中は空間のゆがみや時間の推移を伝えることができた。さすがに天性の映画作家だ。最後にもうひとつ、20代の加東大介が市川莚司の芸名でちんぴら役を演じているのも見逃さないでいただきたい。

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人情紙風船

BSプレミアム 11月13日(日) 22:02~23:29

監督:山中貞雄
脚本:三村伸太郎
出演:河原崎長十郎中村翫右衛門、山岸しづ江、霧立のぼる、市川楽三郎
1937年日本映画/1時間27分

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「座頭市物語」

全26作が製作された人気シリーズの第1作。 全26作が製作された人気シリーズの第1作。 (C) 1962 角川映画 [拡大画像]

三隅研次は、座頭市シリーズを6本撮っている。「座頭市物語」を皮切りに「血笑旅」「地獄旅」「血煙り街道」「喧嘩太鼓」「あばれ火祭り」。私が好きなのは「座頭市物語」「地獄旅」「血煙り街道」の3本だろうか。「地獄旅」では、敵役の成田三樹夫に味があった。「血煙り街道」では、勝新太郎と剣を交える近衛十四郎の殺陣が実に豪快だった。

が、スタイリッシュな構図を求めるなら「座頭市物語」が群を抜いている。個々のショットが雪の結晶のようにこまかい輪郭に縁取られ、なおかつ全体の流れが滞らない。

話の背景は天保水滸伝だ。ご存じ、飯岡助五郎と笹川繁蔵の縄張り争い。座頭市(勝新太郎)は助五郎のもとにわらじを脱ぎ、平手造酒(天知茂)は繁蔵の用心棒をつとめている。どちらも強い。対決の日は近い。

しかし、三隅研次は話を急がない。市と平手は、沼のほとりで釣り糸を垂れる。ふたりとも申し合わせたように黒い着物。このときの、ふたりの位置の微妙なずれが、なんとも味わい深い。横顔と横顔でふたりは声低く語り合い、いずれは戦う宿命にある心と心がつかのま触れ合う。

美しい場面はここだけではない。三隅は、障子や格子戸や板塀の使い方にも長けている。射し込む光や伸びる影が画面に陰翳をもたらし、話に深みや暗がりを運び込む。

こうした精緻な構図が、終盤に至ると惜しげもなく破壊される。映画のクライマックスに用意された集団乱闘シーンは、まるで癇癪玉の破裂だ。スタイリストの三隅研次が、ここでは座頭市とともに野獣のように吠え、アナーキーな体質を全開させている。この転調は劇的だ。ぜひとも見逃さないでもらいたい。

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座頭市物語

WOWOW 11月1日(火) 17:30~18:10

監督:三隅研次
原作:子母沢寛
脚本:犬塚稔
音楽:伊福部昭
出演:勝新太郎天知茂万里昌代柳永二郎
1962年日本映画/1時間36分

[筆者紹介]

芝山幹郎

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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