コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第74回

2019年8月30日更新

佐藤久理子 Paris, je t'aime

ロカルノ出品「よこがお」深田晃司監督&筒井真理子 ゲストの立場から実感した海外映画祭の現場

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毎年8月にスイスのマッジョーレ湖畔で開催されるロカルノ国際映画祭は、フランスの映画人も多く訪れるところだ。コンペティションは若手監督の登竜門と言われるが、今年「Vitalina Varela」で金豹賞と女優賞をダブル受賞したペドロ・コスタのように、尖った作家性を持ちつつ、大きな映画祭ではなかなか評価される機会に恵まれなかった監督に光を当てたりもする。日本映画とも縁が深く、最近では「ハッピーアワー」で主演女優4人が揃って女優賞に輝いた濱口竜介や、富田克也真利子哲也など、若手世代が参戦している。

今年クロージング作品に選ばれた黒沢清監督作「旅のおわり世界のはじまり」と並んで、コンペティションに日本から入選したのが、深田晃司の「よこがお」。ロカルノにほぼ一週間滞在していた深田監督と主演の筒井真理子の両氏に、外からとはまた異なる、ゲストの立場から実感する海外映画祭の現場について語ってもらった。

--おふたりともロカルノは初参加ということですが、肌で感じる印象はどのようなものでしたか。

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深田 お客さんがたくさん入ってくれたのは率直に嬉しかったし、笑いがしょっちゅう起きるのも「嬉しい予想外」でした。とくに筒井さん演じる市子の行動というのは、自分のなかで深刻な復讐というよりはそれ自体がある種の滑稽な空回り、ひとり相撲という感覚で描いたので、その空回りが頂点に達するところできちんと笑いが出たというのは、作り手としては嬉しい反応だったと思います。

筒井 たくさん笑ってもらって、あ、届いているんだ、というのが直に伝わってきました。市子が自分で笑っちゃうところでお客さんも笑う、それが市子と観客が一体になっている感じがしました。それと72年も歴史があるのに商業にまみれないというのがまずびっくりしましたし、素敵だなと思いました。ステージの(英語の)スピーチでメモを取り出したときにみんながどっと笑ってくれたのも、とてもアットホームな感じでした(笑)。

深田 ここ数年、自分もとても行きたいと思っていた映画祭なんですけど、すごくいい映画を選んでいるなという印象があって。ブランドではなく作品そのものを重視している。たとえば日本映画では、濱口さん、真利子さん、富田さんなど、比較的自分と世代が近くて、勢いのある監督が選ばれていて、そのなかで自分も早く選ばれたいなという思いがあったので、今回出し忘れた宿題をやっと出したような思いがあります。

--筒井さんは今回英語でじかにスピーチをされましたが、前作「淵に立つ」でも深田監督と一緒にカンヌに行かれていますね。海外で他国の作品を観たり、あるいは海外の映画人と顔を合わせたりする中で、刺激を受けたこと、印象に残ったことなどはありますか。

筒井 ブリランテ・メンドーサの「ローサは密告する」で、カンヌで女優賞を取ったジャクリン・ホセさんのスピーチは、とても自然体でいいなと思いました。素晴らしい映画を観ると、人種や国の違いを忘れて、まるで隣人みたいになる瞬間が、観ていて一番幸せです。自分たちの映画もそういう風に伝わってくれたらいいな、と思いますね。それと、以前モントリオール映画祭で、自分が2役を演じた「かぐらめ」という映画が上映されたとき、お客さんと一緒に観ながら感じたんです。病室で死を迎える人と健やかな日常を過ごしている人の2役を同じ日に撮影したのですが、自分の目にはやはり限界が見えて。海外のお客さんには言語がわからない分、身体表現で伝えなければだめなんだ、と強く実感しました。それが「淵に立つ」に繋がったんですけど(※同じ役の8年後を演じるために13キロ増量した)、テロップで説明しなくても一目でわかるようにしたいと思いました。

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よこがお」は今年から新しく映画祭のアーティスティック・ディレクターに就任したリリ・アンスタン氏が太鼓判を押す作品だという。アンスタン氏は、「パーソナルで繊細で大胆で、ロカルノにふさわしい傑作だと思います。日本映画は溝口健二成瀬巳喜男のように、なぜか伝統的に女性をうまく描く男性監督が多いですが、深田監督もそれを受け継いでいると思います。いったいどうしたらあんなに女性のことがよくわかるのか(笑)。稀有な才能を持った人材だと思います」と評価する。

また、今回審査員メンバーのひとりだった俳優ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート(「BPMビート・パー・ミニット」)は、登場人物が複雑にからみあった脚本の妙とともに、筒井の演技を絶賛していた。

最近は日本でも、作りたいものを作ろうとする独立独歩の若手監督たちは、まず海外を目指し、海外で評価されたことを後ろ盾に映画製作を続けようとするパターンが増えつつある。そのためには何が必要で、どんなことが大切なのか。今回をきっかけに、あらためてフレッシュな眼差しで日本映画をみつめる機会を得た気がする。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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