BPM ビート・パー・ミニット

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BPM ビート・パー・ミニット
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解説

「パリ20区、僕たちのクラス」などの脚本家ロバン・カンピヨが監督・脚本を手がけ、エイズ活動家団体ACT UPのメンバーだった自身の経験をもとに若者たちの恋と葛藤、人生の輝きを生き生きと描き、2017年・第70回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した青春ドラマ。1990年代初頭のパリ。エイズの治療はまだ発展途上で誤った知識や偏見が横行する中、ACT UP Parisのメンバーたちはエイズ患者やHIV感染者への差別に対してさまざまな抗議活動を行っていた。行動派のメンバーであるショーンは、HIV陰性でありながら活動に参加しはじめたナタンと恋に落ちる。しかしショーンのエイズの症状は次第に顕在化していき、ACT UP執行部に対して批判的な態度を取るように。そんな彼を献身的に介護するナタンだったが……。出演は「グランド・セントラル」のナウエル・ペレーズ・ビスカヤート、「ブルーム・オブ・イエスタディ」のアデル・エネル。

2017年製作/143分/R15+/フランス
原題:120 battements par minute
配給:ファントム・フィルム

オフィシャルサイト

スタッフ・キャスト

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受賞歴

第70回 カンヌ国際映画祭(2017年)

受賞

コンペティション部門
グランプリ ロバン・カンピヨ

出品

コンペティション部門
出品作品 ロバン・カンピヨ
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映画レビュー

4.090年代、HIV患者のために戦った若者達の姿をヴィヴィッドに描いた名作

2018年3月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

全く内容を知らないままに本作を観た。そして驚かされた。かつて『パリ20区、僕たちのクラス』で脚本と編集を担当したロバン・カンピヨによる監督作なのだが、かつて自身がメンバーの一人だったというACT UP(HIV感染者への差別や不当な扱いに抗議する団体)のミーティングは、まるで『パリ20区』で見られた学生達のやりとりのようにヴィヴィッドでテンポよく、その洗練された作りに一気に飲み込まれる。時に白熱する議論と、政府や製薬会社への息詰まるプロテスト場面とを織り交ぜ、その活動の波間で病状が悪化して亡くなっていく仲間への追慕も描かれる。

90年代のパリでHIVがいかに受け止められ、それに対し人々がどう団結したのか、その風を感じられることもさることながら、メンバー一人一人の横顔が実に印象深くて忘れがたい。とりわけ主人公ショーンの、徐々にやせ衰えていく身体、彼の生き様と心情を体現した俳優の演技が見事だ。

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共感した! (共感した人 2 件)
牛津厚信

3.0踏み絵的

津次郎さん
2022年5月23日
PCから投稿

男どうしの性愛シーンがすきじゃない。正直言ってブロークバック~でもゴッズオウンカントリーでも君の名前で~でもそれを感じた。

それらが名画であることに異存はない。

Aケシシュ監督のアデル~(2013)には、アデル・エグザルホプロスとレア・セドゥの濃厚な性愛シーンがある。が、ぜんぜんイヤではなかった。女どうしなら大丈夫なのだ。

でも男どうしのばあい、生理的嫌悪というほどのことじゃないが、なんとなく・・・。

──偏見だろうか。

本作BPMにも男どうしの性愛描写がある。見たことないほど露骨だった。局部は出ないが、けっこう長いあなるせっくすの描写がある。

ゲイをあつかうコンテンツが性愛と密着しているのはなぜだろう──。と思うことがある。

男女の愛と、男男の愛と、女女の愛は、同質のもの──と見るならば、男女の愛のように、性描写のあつかいは慎重でなければならないと思う。

言っていることが伝わるかわからないが、男女の愛をあつかった映画で、かならず性描写がでてくるわけではない。

ラブストーリーに性描写が出てくるのは、それを目的としているばあいとか、大人向けとか、性描写に必然性があるときとか、旧弊な日本映画で女優を脱皮させたい──とか、等々の狙いがあるときに限る。

しかしゲイの映画ではわりとふつうに性愛シーンがでてくる。

このギモンはハッテン場にも言える。男男間では恋愛が省かれていきなり性愛にいたる──それがじぶんが知っているハッテン場の構造である。ゲイ映画でも、似たような気配を感じてしまう。──のだ。

この映画はHIV活動家たちの熱さと青さと、陽性者の死の恐怖をとらえていて躍動的で見応えがある。

が、情交シーンもさることながら、性の気配がつきまとう。ここに出演している男たちは、つねに愛をささやきあい、つねに欲情している気配があった。その気配が個人的には困った。

ところで、さいきん(2022/05)の海外ニュースで、本作にも出演しているアデル・エネルの引退のインタビュー記事をみた。
引退といってもマイルドな感じで、演劇には関わり、映画もまた出るかもしれない──と言っていた。

記事によるとアデル・エネルが引退を決意したのは、(フランスの)映画業界が『資本主義的、家父長制的、人種差別的、性差別的な構造的不平等の世界を擁護している』から、であり『私は内側から変えようとしたが、もうその一部にはなりたくないのです』と一種の諦観を述べていた。

さいきん日本でも榊英雄や園子温や河瀬直美などのセク/パワハラ報道があった。
エネルのインタビューをみるかぎり、フランス映画界にもそのような縦構造があると感じられた。
しかし日本にはそれを告発して引退するエネルのような俳優はいないだろう。

『2020年2月28日(セザール賞授賞式にて)、かつて13歳のSamantha Geimerをレイプした罪で有罪判決を受けたロマン・ポランスキーが『An Officer and a Spy』で監督賞を受賞した後、エネルはCéline Sciamma、Noemie Merlant、Aïssa Maïgaとともに第45回セザール賞授賞式から立ち去りました。エネルは退場する際、拳を振りながら「恥だ!」と叫び「ブラボー、小児性愛!」と叫びながら、皮肉っぽく拍手する姿が撮影された。』
(Adèle Haenelのwikiより)

アデルエネルはそんな熱い人だった。
一方、天然な感じもあるひとだった。
わたしは昔、ダルデンヌ兄弟の「午後8時の訪問者」(2016)のレビューにこう書いた。

『youtubeに遍在している彼女のインタビュー動画を見たことがある。
演技上にない素のアデルエネルは、見たこともないほど天然な感じの人である。

対談や会見の最中、彼女は、絶え間なくキョロつく。
眼球と頭がつねに動いて、意識が散漫にほかへ移る。まるで動画にでてくる赤ん坊のように、たえずどこか/なにかを触り、忙しなく好奇心の方向が変わる。
その一方で熱く語ったりもする。

その、素のファンキーな感じがクリステンスチュワート以上なのであって、とうぜん、そんな人はおらず、まして女優ならなおさらである。
ゆえに、もしアデルエネルがこの天然のまま映画に収まったら──と思うほど魅力的な「素」だが、ただし、あまりに動きが止まらないので、トゥレットとか多動性とかの障害を思わせもする。』

アデル・エネルの天然はすごい。この天然を映画で見ることができればと思っていたから、引退報道はざんねんだった。(ひょっとしたらすぐ復帰するのかもしれないが・・・)

なんにもない日本映画界ほどではないが、仏映画界もトリュフォーがいた時代との比較でずっと低迷を言われている。
それゆえエネルのような人さえ代表作が限られてしまう。(だとしても「いい映画」がまったく一つもない日本の俳優よりずっとましだが)
エネルには午後8時の訪問者もPortrait of a Lady on Fire(2019)もあるが、もっと見たい人だった。

MeToo告発は今も世界の潮流である。今後も続くだろう。
ただし日本国内での告発は、海外のそれとポジションがぜんぜん違う。

海外のばあい実力者が告発されることが多い。
前述したポランスキーの件。ポランスキーはじっさい犯罪者だと思う。しかし、ポランスキーの映画はすごい。反撥/袋小路/ローズマリー~/チャイナタウン/テナント/テス/オリバーツイスト・・・。それとこれとは別だと言いたくなってしまうほどの天才だ。

養子にたいする何年も前のわいせつで告発されたウディアレンもかつてのような映画製作ができなくなっている。
さいきん(2022/05)の海外ニュースでは007のフクナガ監督にたいするセクハラ告発があった。

実力ある者だらけの海外の告発にくらべて、日本の告発は非才なクリエイターたいするもの──と個人的には感じている。

ようするに、とるにたりないクリエイターが告発される。

わたしは榊英雄や園子温や河瀬直美が告発されても「それとこれとは別だ」と言いたくならない。

さいきん別のパワハラニュースがあった。

『2022年、映画業界におけるハラスメント行為への告発が相次ぐ中、小林が監督、脚本、撮影、編集自ら行った作品である「ヘドローバ」のメイキング映像の中で、大人による少年への暴行が行われるシーンで、殴られる部分は演技ではなく、実際に、当時中学生であった子役の少年を、元プロ格闘家の大人が本気で繰り返し顔面を殴打していると報じられた。殴られた子役の少年は泣きながら嘔吐し「とにかくヤバかったです。いろいろ」「死にそうでした」と発言していたが、小林勇貴は「恐ろしいものが撮れてしまいましたが、そうですね、でもすごい良かったです。児童虐待、撮りました」と笑顔でコメントしていた。これらがネットを中心に多数の批判を呼び、問題になっていることを受け、小林が原案として参加している同年公開予定の「激怒」のプロデューサーは、小林の名前をクレジットから外したことを発表した。』
(ウィキペディア、小林勇貴より)

個人的に思うのは、どうでもいいクリエイターのパワハラをニュースにするなってこと。

この小林という人のやったことに問題があったなら刑事なり民事なりにすればいいのであって、凡人をニュースにしてはいけない。つまりどうでもいいようなアングラ映画をつくっている無能なクリエイターのやったことを全国ニュースにしてはいけない。と個人的には思っている。

日本は人の創造物を認めることを是とする。
だが日本映画がつまんないのは基本的にその寛容が元凶に他ならない。
日本のMeToo運動が海外と異なるのもその点。

セク/パワハラの告発とはいっぱんに権力や人望があり世間に才能を認められている者が裏でやったことを暴露することにある。

もとから人望がなかったり、誰も知らない作品をつくっていたり、非才なら、それは告発と言うより、たんに素地が露呈しただけのこと。
やっぱりね、──でお終いである。

話が逸れたが、本作BPMはシリアスな主題を背負っている。演出もいい。HIVでも終末のほうのステージを扱っている。つらい。が、前述のとおり性的で男どうしが愛をささやき合う。かなり扇情的。けっこう困った。

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津次郎

3.01990年代のパリ

SpicaMさん
2021年6月28日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

監督自身の体験を基に、当時の若いエイズ活動家達の心情を垣間見ることができる映画。
主人公が発病して弱っていく様子がとてもリアルで、また、主人公を愛する若者の必死さが胸を打った。

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SpicaM

4.0コロナ禍の今こそ見るべき・・・

kossyさん
2020年6月1日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

 差別や偏見。1990年代と言えば、ようやくHIVの知識が浸透し始めた頃。まだ医療は確立されていなく、感染したら確実に死ぬと言われてたのを思い出す。差別というのもほとんどゲイに対するもので、他にも注射針を使いまわす薬物常用者、娼婦、囚人といった人たち。特に性的マイノリティのLGBTがターゲットだ。普通に男女間でも伝染るんだよ!と訴える彼らは、政府や製薬会社に抗議したり、高校に乗り込んでコンドームを配ったりする活動がメイン。アクトアゲインスト・エイズなら知ってたのに、恥ずかしながらアクトアップの団体は知らなかった。

 メインはショーンとナタンの恋物語になるのですが、彼らアクトアップの抗議活動の方に惹かれてしまいました。日本における新型コロナウイルス感染者数や医療現場の状況。さらにアビガン等特効薬の臨床データやワクチン開発状況など、国民には知らされてないことが多い。もっと声を上げなきゃ隠されたままになりそうで怖いのです。

 BPMって音楽用語じゃね?などと思っていたのですが、原題では120がついていて、心拍数を表すらしいです。途中の音楽も120bpmだったのかもしれませんが、それよりも拍手の代わりに指パッチンを鳴らすルールがあったので、その拍子が120bpmだったのだと勝手に勘違いしています。

 それにしても未知のウイルスの恐怖。これからも人類はウイルスと戦い続けなければならないのでしょう。今もなおHIV感染、エイズ患者は増えています。日本にも2万人以上の感染者がいます。90年代当時はネット環境も少なく、恐怖や不安は今以上だったことも想像できますが、情報時代だからこそデマにも注意して対策をしっかりとらねばと、なぜか映画の趣旨と違った感想を持ってしまいました。

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kossy
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