コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第59回
2018年5月31日更新
「万引き家族」のパルムドールは満場一致 第71回カンヌ国際映画祭総評
是枝裕和の「万引き家族」がみごとパルムドールに輝き、有終の美を飾って幕を閉じた第71回カンヌ国際映画祭。後日、審査員のひとりであるロベール・ゲディギャンがフランスのマスコミに語ったところでは、パルムドールに関しては満場一致で決まったのだという。審査員長のケイト・ブランシェットは当初から政治的な要素を授賞の判断に持ち込まないようにしたいと公言していた。その結果、人情味があり、万人に伝わりやすく、俳優たちからみごとなアンサンブルを引き出しまとめあげた是枝監督に軍配が上がったのだろう。
今年のコンペティションは新顔が多かったにも拘らず、総じてレベルが高く接戦だった。カンヌ初登場にしてコンペティション入りの快挙を遂げた濱口竜介の「寝ても覚めても」は、無冠に終わったものの、「ハッピーアワー」が同時期にフランスで公開された影響もあってか、おもにフランスのマスコミからの注目が高かった。リベラシオン紙は新作について、「日本文化に常套の、控えめで内に秘めた人間性とは反対に、感情の高ぶりを表現した恋愛映画」と評した。
とはいえ今年のカンヌを総括するなら、やはり政治的なトピックが目立った。まずはコンペティション作品で、カンヌに来られなかった監督がふたりもいたこと。相変わらずイラン国内に軟禁されたままのジャファル・パナヒと、ロシア映画「LETO」のキリル・セレブレニコフだ。パナヒはその作品「3 Faces」で、家族に反対される女優志望の少女を通してイラン文化の因習や伝統を描き、イタリアのアリーチェ・ロルバケル(『Happy as Lazzaro』)とともに脚本賞を分け合った。
「LETO」は80年代にロシアの伝説的な反体制派ロックスターだったビクトル・ツォイの青春期に焦点を当てる。映画自体は映像に工夫があり音楽的グルーブに満ちたエンターテインニングな仕上がりだが、映画が出来上がらないうちに監督は拘束され(公の容疑は映画とは異なる横領疑惑だが監督は否定している)、塀のなかから指示を出していたという。賞には絡まなかったが批評家のなかでは人気が高かった。
グランプリに輝いたスパイク・リーの「Blackkklansman」は、70年代にコロラドで実際に覆面刑事として白人至上主義集団KKKに潜伏した刑事の物語。主人公の2人組にデンゼル・ワシントンの息子ジョン・デビッド・ワシントンとアダム・ドライバーが扮する。現代にも共鳴するテーマの本作は娯楽性とメッセージ性が融合し、リー監督の衰えを知らないパワーに溢れ、パルムドールに推す声も少なくなかった。
審査員賞に輝いたナディーヌ・ラバキの「Capharnaum」も、レバノンのスラム街で自活する12歳の少年の壮絶な暮らしを、ドキュメンタリーのようなタッチで描いた直球社会派ドラマ。監督とともにカンヌを訪れた少年役のザイン・アルラフィーアが驚異的に素晴らしい演技をみせ、柳楽優弥を超える最年少男優賞受賞かという声もあがったほど。
またスペシャル・パルムドールを授与されたジャン=リュック・ゴダールの新作「Image Book」も、彼なりのコラージュ&カットアップ手法を用いて、前半はヨーロッパのホロコースト、後半は中近東に話を移して戦争で失われた「ロスト・パラダイス」を浮き彫りにする。
もっとも、今年最大の話題は、ハーベイ・ワインスタインのセクハラ事件の影響を反映した「ガールズ・パワー」にあった。まず映画祭自体がそのことに自覚的に、審査員長に女性を抜擢したことは明らかだ。ブランシェット自身も、業界における女性の地位や貢献がもっと認められるべきだと積極的に発言し、中盤には彼女を筆頭に、職業も国籍もさまざまな100人近い映画界の女性たちがデモンストレーションのためにレッドカーペットを上がった。
さらにフランスからは、黒人女性たちが声をあげた「My Profession is not “Black”(わたしの職業は“黒人”ではない)」というムーブメントも。女優のアイッサ・マイガが音頭をとり、フランス映画界における隠れた差別や偏見を訴えるためにレッドカーペットに並んだ。
70年の歴史から新たな一歩を踏み出した今年のカンヌ。時代の波を反映しつつ、今後もしなやかに変化し続けることを期待したい。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato