コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第125回
2023年11月30日更新
「君たちはどう生きるか」フランスでも快進撃
11月1日に宮崎駿監督の新作、「君たちはどう生きるか」がフランスで公開になり、快進撃を続けている。初日はパリとその近郊の初回上映だけで6567人(27館)を集め、「バービー」を抜いて今年最高の記録を達成。この数字は宮崎作品のなかでもトップだという。さらに一週目の全国累計が70万人を超える動員数となり、3週目を過ぎた現在は123万人超え。今後ホリデーシーズンに向けて、150万人突破も夢ではないだろう。
以前から宮崎アニメは(「千と千尋の神隠し」(2001)112万人、「ハウルの動く城」(2004)120万人など、ディズニー・アニメに負けない人気が定着していたが、今回は前作「風立ちぬ」(2013)から10年ぶり、当時の引退表明を撤回しての新作であり、もしかしたらこれで本当に引退するかもしれない、というファンの危惧と熱い思いがこの数字を導いたようだ。
またヨーロッパでは、サン・セバスチャン映画祭のオープニング作品として披露された後、シッチェス、ロンドン、ローマなどの各映画祭を回り、話題を集めていた。それだけにフランスの宣伝も相当に肝入りだったようで、通常見かける街頭ポスターなどの他、バスの車体にもポスターを張り出すなど、いつも以上に宣伝費を掛けている印象だった。
フランス語の題名は、吉野源三郎の書著から借りた日本語タイトルとは異なり、「Le Garcon et le Heron(少年と鷺)」というシンプルなもの。メインのポスター画像も、少年と鷺が向き合ったわかりやすいもので、従来のジブリ・ファンの核であるファミリー層に訴求することを意識したのがうかがえる。
加えて批評家や一般観客の評判が高いことも、ロングランヒットを見込める要素になるだろう。フランスの代表的な映画サイトAllocineの、批評家による星取りは5点満点中4.2で、今年公開されたアニメ作品のなかではいまのところ最高点だという。たとえばいくつか批評を拾ってみると、「豊かで奔放で繊細な一大絵巻のなかに、この日本の巨匠のすべての世界を見出すことができる」(テレラマ誌)、「本作は宮崎駿がつねに健在であることを証明した。80代を迎えた監督は再び、わくわくするような物語のなかに観客を誘う」(オンライン20 Minutes)、「まるで不思議の国のアリスのように、主人公の眞人(まひと)は、戸惑いよりは熱狂とともに幻想的な廊下や夢幻的な空間に足を踏み入れる。かくして我々は、巨匠がその芸術の頂点で作り上げた映画が、強大な物語の力により形を変えながら、その翼をより早く、遠くに、大きく広げていくのを、目眩の感覚とともに目撃する」(カルチャー誌レザンロックプティブル)といった賛辞がある。
とはいえ本作は、「千と千尋の神隠し」や「ハウルの動く城」のようにいわば大衆に向けた娯楽作ではなく、むしろ宮崎自身の少年時代の思いを反映したパーソナルな作品であることは特筆に値する。冒頭、いきなり戦時下で東京が火の海となり、眞人があっけなく母を失う描写は容赦がなく、だがそこからさまざまな冒険を経て彼が喪から脱却していく道程には、戦争を知らない今の子供たちに向けた監督のメッセージが込められている。これまで「紅の豚」や「風立ちぬ」を制作してきた宮崎が、子供の視点から戦争体験を描いたもの、あるいは、もしかしたら高畑勲の「火垂るの墓」に対する、宮崎なりの返答とも言えるのではないかと勘ぐってみたくもなる。
いずれにしろ、いま再び世界各地で戦争が起こっている状況のなかで、決してバラ色なだけではない少年の旅路を描いた本作が観客の心にどう響くかに、興味を引き寄せられずにはいられない。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato