コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第102回
2021年12月23日更新
衛生パス義務化の影響の中でも、今年のフランス映画界は当たり年
2021年も、コロナに振り回されているうちに年末を迎えた。フランスでは9月30日から12歳以上の観客に衛生パスポート(もしくはPCR検査の陰性証明)が義務付けられたため、一時は70パーセント近く動員が落ち込むこともあった。新たな変異株の登場で、通常なら書き入れ時となるクリスマスのホリデー・シーズンも、いまひとつ元気がない。ヨーロッパのいくつかの国のように再度のロックダウンは実施されていないものの、冬のバカンスの影響が年明けにどう出るかはわからないだけに、なかなか晴れやかな気分になれないのが現状だ。
だが、暗い話ばかりではない。作品自体を振り返るなら、今年のフランス映画界は当たり年だった。作家性の強い作品から、エンターテインメントとして出色のものまで、レベルの高さを感じさせる作品が多かった。この時期、さまざまな媒体で年間トップ10が発表されるが、総合して評価の高いフランス映画は以下の通り。
「アネット」(レオス・カラックス)
「ヴォイス・オブ・ラブ」(バレリー・ルメルシエ)
「ONODA、一万夜を越えて」(アルチュール・アラリ)
「ブラックボックス 音声分析捜査」(ヤン・ゴズラン)
「Bac Nord」(セドリック・ジムネ)
「Benedetta」(ポール・バーホーベン)
「Illusions perdues」(グザビエ・ジャノリ)
「L’Evenement」(オードレイ・ディワン)
「Les Olympiades」(ジャック・オーディアール)
「Titane」(ジュリア・デュクルノー)
「アネット」はカンヌ国際映画祭のオープニングを飾った、カラックス9年ぶりの新作ミュージカル。日本でも2022年春に待望の公開となる。アメリカのバンド、ザ・スパークスの原案をもとに、アダム・ドライバーとマリオン・コティヤールの共演で映画化しているが、カラックスらしさと斬新さが同居し、瞠目させられる。
カンヌでパルムドールを受賞した「Titane」は、アカデミー賞国際長編映画部門に向けたフランス代表作となった。噂では最終候補に残っていたベネチア国際映画祭金獅子賞受賞の「L’Evenement」とデッドヒートを繰り広げたらしい。それにしても、世界3大映画祭の2つを、女性監督によるフランス映画が制覇したことは史上初で、それだけでも画期的な年だったと言えるだろう。
「Titane」は子どもの頃に、頭にチタンを埋め込まれたヒロインが数奇な運命をたどる過程を、強烈なインパクトで描く。一方、ディワン監督の作品は、フランスの人気作家、アニー・エルノーの原作の映画化で、堕胎が合法化していなかった60年代に、望まない妊娠をしてしまったヒロインの苦悩をきりきりとした緊張感のなかに描いたリアリスティックな作品。ちなみに脚本家としても活躍するディワンは、Bac Nordの共同脚本も務めている。こちらはマルセイユのもっとも危険なドラッグ地帯を舞台に、実際に起きた事件を元に、あらゆる手で麻薬取り締まりを試みる刑事たちの姿を描いたハードボイルドで、220万人を超える動員を記録した。「L’Evenement」とまったく作風を異にしているところが興味深い。
他にもルメルシエの「ヴォイス・オブ・ラブ」は動員120万人超え、ピエール・ニネが主演した、飛行機事故の分析を元にしたスリラー「ブラックボックス 音声分析捜査」も、ほぼ120万人動員のヒットとなった。
バーホーベンとオディアールも、今年のカンヌのコンペ組だ。かたやジャノリ監督はベネチアで高い評価を受けながら無冠に終わった、バルザック原作の映画化。「Summer of 85」のバンジャマン・ボワザンをはじめ、グザビエ・ドラン、バンサン・ラコストなど、若手の才能が結集している。
何かと話題になるカイエ・デュ・シネマ誌の今年のトップ10に入ったフランス映画は、「アネット」、「Benedetta」に加えて、レア・セドゥーがやらせのニュースキャスターに扮したブリュノ・デュモンの「France」と、ギョーム・ブラックの「A L’Abordage!」。後者はこの監督らしい、ほのぼのとしたバカンス物語のなかに鋭い人間観察が光る。
■カイエ・デュ・シネマのトップ10
「First Cow」(ケリー・ライカート)
「アネット」(レオス・カラックス)
「MEMORIA メモリア」(アピチャッポン・ウィーラセタクン)
「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介)
「France」(ブリュノ・デュモン)
「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」(ウェス・アンダーソン)
「A L’Abordage!」(ギョーム・ブラック)
「The Girl & The Spider」(ラモン&シルバン・ジューシャー)
「The Card Counter」(ポール・シュレイダー)
「Benedetta」(ポール・バーホーベン)
この他、初長編や2、3作目の若手監督のなかでも今年は力作が目立ったが、コロナ禍の影響による公開ラッシュが続いたせいもあるのかもしれない。各国の映画祭なども含めて、2022年は果たしてどんな年になるのか。少なくとも今年よりは安定した年になることを願うばかりだ。
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato