コラム:国立映画アーカイブ お仕事は「映画」です。 - 第19回

2023年11月15日更新

国立映画アーカイブ お仕事は「映画」です。

映画館、DVD・BD、そしてインターネットを通じて、私たちは新作だけでなく昔の映画も手軽に楽しめるようになりました。

それは、その映画が今も「残されている」からだと考えたことはありますか?

誰かが適切な方法で残さなければ、現代の映画も10年、20年後には見られなくなるかもしれないのです。

国立映画アーカイブは、「映画を残す、映画を活かす。」を信条として、日々さまざまな側面からその課題に取り組んでいます。

広報担当が、職員の“生”の声を通して、国立映画アーカイブの仕事の内側をご案内します。

ようこそ、めくるめく「フィルムアーカイブ」の世界へ!


第19回:みんなで映画を楽しむために――視覚障害者向け音声ガイド制作現場から

音声ガイド作成のためのモニター会の様子。奥でマイクを持っているのがガイド原稿を作成するディスクライバー。二人並んで座っているのがモニター
音声ガイド作成のためのモニター会の様子。奥でマイクを持っているのがガイド原稿を作成するディスクライバー。二人並んで座っているのがモニター

みなさんは映画をご覧になるときに「音声ガイド」や「バリアフリー字幕」を利用したことはありますでしょうか。音声ガイドは、場面設定や人物の動きなどを言葉で伝えるもので、主に視覚障害の方が利用しています。バリアフリー字幕は、セリフだけでなくそれを話している登場人物名も分かるように表記し、「ドアが開く音」などのように効果音なども文字で伝えるもので、聴覚障害の方が利用しています。近年、障害のある方も一緒に映画を楽しむためのシステムも開発されており、新作の日本映画では、映画の公開にあわせて音声ガイドやバリアフリー字幕が、スマートフォンや眼鏡型機器で提供されることも一般的になってきました。

「スマホで聴く音声ガイド」や「メガネで見る字幕ガイド」付で鑑賞できる映画であることを示すマーク
「スマホで聴く音声ガイド」や「メガネで見る字幕ガイド」付で鑑賞できる映画であることを示すマーク

また、2004年に始まった、聴覚障害者が制作した作品を上映する京都の「さがの映像祭」や、2017年から隔年で開催されている「東京国際ろう映画祭」といった上映イベント、さらに、2016年にオープンしたシネマ・チュプキ・タバタといった障害のある方も鑑賞しやすい映画館など、障害の有無にかかわらず映画を楽しむことができる環境づくりが、現在様々に行われています。2024年4月からは、障害者差別解消法の改正により、音声ガイドやバリアフリー字幕などで映画を楽しめる機会がより増えていくと思われます。

国立映画アーカイブでも、音声ガイドの提供や字幕の投影を行い、視覚障害の方や聴覚障害の方も一緒に映画を楽しめる「バリアフリー上映」を企画し行っています。とくに音声ガイドと聞いて、視覚芸術ともいわれる映画を、視覚障害のある方がどのように楽しんでいるのだろうか、また、音声ガイドはどのように作っているのだろうか、と関心をお持ちの方もいるかと思います。そこで、今回は、音声ガイドの制作過程を当館の事例からご紹介します。

まず、音声ガイドは、登場人物の動き、表情、場所など、映画の音のみではわからない、物語の理解に必要なことを言葉にして伝えるものです。音声ガイドのある作品では、観客は手元のスマートフォンや携帯ラジオからイヤホンで聴けるようになっています。音楽、効果音、登場人物のセリフなどを映画館の音響で味わうとともに、音声ガイドを同時に聞くことで映画をより楽しむことができます。

当館で初めて開催した「バリアフリー上映」は、2016年の「EUフィルムデーズ2016」で、視覚障害者施設を舞台にしたポーランド映画「イマジン」(2012年、アンジェイ・ヤキモフスキ)です。配給会社が企画運営の中心となって、音声ガイドを聞くことができる機材を貸し出して実施しました。この際に、当館スタッフも多くのことを学び、その後は当館独自の企画として、「名もなく貧しく美しく」(1961年、松山善三)や、「それから」(1985年、森田芳光)、「暗黒街の対決」(1960年、岡本喜八)、「ファンシィダンス」(1989年、周防正行)、「ガメラ 大怪獣空中決戦」(1995年、金子修介)などで、音声ガイドとバリアフリー字幕つきの「バリアフリー上映」を行ってきました。新作ではなく、日本映画の旧作をフィルムと劇場の音響で、音声ガイドとともに鑑賞できる貴重な機会となっています。

音声ガイドは、新作の日本映画であれば公開時期に合わせて作成されることも多く、スマートフォンのアプリなどを通じて提供されます。しかし、当館が上映するような旧作は音声ガイドを一から作成する必要があります。今年は、11月18日(土)に特集上映「月丘夢路 井上梅次 100年祭」の1本として上映を予定している「乳房よ永遠なれ」(1955年、田中絹代)を、バリアフリー上映で行うことに決め、映画の権利者の了承を得たうえで、音声ガイドの制作を行っているPalabra(パラブラ)株式会社に依頼して音声ガイドを作成しました。本作をバリアフリー上映に選んだ理由を、担当の当館特定研究員の森宗厚子さんは、次のように話します。

「当館のバリアフリー上映では、日本映画の面白さに触れていただくため様々なジャンルの作品を取り上げることにしており、今回は“月丘夢路 井上梅次 100年祭”の特集上映のラインナップから、近年に再評価が進んで話題となっている田中絹代監督作品として『乳房よ永遠なれ』を選びました。また、この作品は乳がんを題材にした日本映画として先駆的ですが、単なる闘病物というよりも、古い家制度にとらわれず主体性を模索する女性のドラマという点からも普遍的に訴えかけるものがあると思います」

実際の作成作業を、順を追ってみていきます。音声ガイドの台本を作成する担当者をディスクライバー(英語のdescriber: 意味は、書く人、描写する人)といいます。まずディスクライバーの方が、映画を見て原稿を書きます。「乳房よ永遠なれ」を見ながら、そのシーンに出ている登場人物や場所、もし映像からわかるなら時間はいつごろなのか、人物の動きやしぐさ、表情や目線、さらに手に何を持っているのか、など物語の理解に関わる重要なポイントで、映画の音からは分からない部分を文字に起こしていく作業です。しかし、なんでも言葉として拾っていけばよいわけではなく、セリフや重要な効果音などの合間に音声ガイドが収まるようにしなければなりません。また情報量が多くうるさく感じられてもいけません。音声ガイドはあくまでも映画鑑賞の補助であり、それ自体を楽しむものではないというのがポイントです。よって文字数には自然と制限がかかります。伝える必要のあることを見分け、それを的確かつ短い言葉に変換する技術が必要となります。

この作業時に、物語の理解の助けにもなるので映画の脚本は必須のアイテムです。しかし、旧作の場合は、脚本が失われているなど、映画とぴったり一致した脚本が手に入るとは限りません。撮影前の準備の段階のものしか手元にない場合もありえます。実際、「乳房よ永遠なれ」は当館所蔵の脚本をディスクライバーに提供したところ、映画とは異なる部分が全体の3分の1ほどありました。研究員にとってはコレクションに対する一つの知見を得られた形ですが、実際の作業としては映画と一致した脚本を見つける必要があります。そこで当館に所蔵されていたもう1冊の脚本を研究員が映画と突き合わせて詳しく調べてみると、こちらは映画の完成後に採録の形で作られたものだと判明。ディスクライバーには、これをもとに作業していただくこととなりました。

国立映画アーカイブ所蔵の2つの脚本(左が今回台本作りに使用した脚本)
国立映画アーカイブ所蔵の2つの脚本(左が今回台本作りに使用した脚本)

音声ガイドの台本の初校を検討したうえで、2名の視覚障害の方にモニターとして参加いただき、実際に映画と合わせてみる「モニター会」を行います。映画を再生しながら、これに合わせてディスクライバーが台本を読んでいきます。約20分ごとに止めて、モニターの方に気になった個所、分かりにくいと感じた箇所がないか確認します。

視覚障害の方も、映画の知識や好み、年齢、先天性か後天性の障害か、現在の視力・視界などもちろん個々人で様々であり、指摘もいろいろな角度からなされます。新作であれば、この会に監督やプロデューサーなど映画のスタッフも参加し、製作者として演出や物語の意図を説明したりして、それも参考にシーンのポイントをみんなで共有しながら進めることができます。しかし、今回の「乳房よ永遠なれ」は70年近く前の作品であり、主要スタッフで存命の人はいないので、障害の当事者とPalabra株式会社や当館研究員など晴眼者(目の見える人)が協力して必要な情報をピックアップし、議論してより分かりやすく正確なガイドに仕上げていきます。

ガイドを作り上げていくなかで重要なのは、言葉自体がもつイメージを正確につかむことです。たとえばみなさんは「オルゴール」と聞いてどのようなものを想像するでしょうか。片手で持てるようなものが思い浮かぶかもしれません。本作では主人公がティッシュ箱くらいの大きめのオルゴールをプレゼントされるシーンがありますが、「オルゴール」や「オルゴールを差し出した」という言葉で描写し、途中まで、モニターの方も、映像を見ている晴眼のスタッフも見えているイメージは一致しているものと互いに思っていました。しかし、終盤でこのオルゴールにヒロインが原稿用紙の束をしまっていることがわかったとき、モニターの方から「ふつうの小さなオルゴールかと思っていた」という声が。そこで、初出の際に「木製の箱、彫刻が施されている」と説明し、風呂敷に包んでいる描写を加えるなど、通常の小さいオルゴールとは異なるイメージを伝えました。原稿の束が入ることに違和感を覚えず、物語をすんなり理解できるようにするための修正です。

また、語順も重要です。たとえば「3つのミカンがある」と「ミカンが3つある」だと、前者はまず漠然としたものを3つ想像しなければなりませんが、後者は特定のものをイメージしてそれを3つに増やすだけです。なので、後者のほうがガイドとしてすんなりと聞きやすいものになります。このように音声ガイドの作成は、一つの単語や語順、さらに「てにをは」に至るまで、言葉の含意を繊細に捉え、常にイメージの一致を図る作業で、言葉の奥深さに触れることになります。細かな点まで、鑑賞者の理解を助けるよう意見を出して、修正案を考えていきます。

音声ガイドの原稿。モニター会などを行い、より分かりやすく修正していく
音声ガイドの原稿。モニター会などを行い、より分かりやすく修正していく

今回はモニター会のあとも、ヒロインが乳がんで入院中に経験する恋愛の情熱的展開や、昔は電報と電話をどう使い分けていたのかなどについて、モニター、ディスクライバー、当館研究員みんなで映画の感想や疑問を言い合って盛り上がりました。

ディスクライバーの上原紗保里さんは

「離婚のシーンで仲人の個人名を出しても、現代の感覚ではそこに仲人がいることがすんなりと呑み込めず、新たな人物として認識されてしまうかもしれないなど、昔の映画ならではの難しさもありました」

昔の映画を音声ガイドで見る面白さについて、モニターの関場理生さんは

「昔見えていたときに見たことのある方でも、音声ガイドであらためて見ることで、新しい視点が加わり、作品の深みが増すと思います」

同じくモニターのかわい いねこさんは

「音声ガイドがついている昔の作品はとても少なく、このような機会に当時の社会について知ることができるのもいい」

また、作品の細部についても気づいたことがありました。本作の音の演出について関場さんは興味を持ったこととして、

「いまの映画と音の処理の仕方が違うなと思って聞いていました。ここで音楽を流してほかの音を消してしまうのかとか、静かな場面は本当に何も音をいれていないんだなとか」

このように音声ガイドは、その映画の魅力や特徴を発見できる場でもあるのです。

モニター会が終わったら、それを踏まえてディスクライバーがリライトを行い、当館の研究員(通常は映画製作者)の最終的な確認を経て台本は完成します。その後、映画の雰囲気やジャンルに合わせてナレーターを決めます。何より重要なのは、言葉を明瞭にきっちり話すこと、また、本作では、感情をおさえて、安定して最後まで一貫したトーンで話すことを重視して、しっかりとしたアナウンス技術をもった方に依頼しました。収録した音声素材を映画にあったタイミングで流れるよう編集して完成となります。

当日、これを利用者は手元の携帯ラジオからイヤホンで聞きます。スマートフォンを使うこともありますが、ラジオを使い慣れている方も気楽に楽しめるよう、今回はラジオ送信とし、視覚障害の方でラジオをお持ちでない方には事前予約で機器の貸し出しも行う予定です。また、どなたでもイヤホンつき携帯ラジオをご持参いただければ聞くことができます。

上映当日は、ラジオで音声ガイドを送信。事前予約制で携帯ラジオの貸し出しも行う。
上映当日は、ラジオで音声ガイドを送信。事前予約制で携帯ラジオの貸し出しも行う。

このようにして、当館での音声ガイド付上映は制作・実施されています。今後の当館の目標として、引き続き旧作のバリアフリー上映を開催していくことに加えて、これまで制作した他の旧作の音声ガイドも含めて、1回の上映にとどまることなく全国のみなさまに利用していただけるようになればと考えています。

筆者紹介

国立映画アーカイブのコラム

国立映画アーカイブ(National Film Archive of Japan)。旧 東京国立近代美術館フィルムセンター。東京の京橋本館では、上映会・展覧会をご鑑賞いただけるほか、映画専門の図書室もご利用いただけます。相模原分館では、映画フィルム等を保存しています。

Twitter:@NFAJ_PR/Instagram:@nationalfilmarchiveofjapan/Website:https://www.nfaj.go.jp/

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