コラム:佐藤久理子 パリは萌えているか - 第1回
2012年1月19日更新
第1回:パリで公開された「コクリコ坂から」、 フランスのオタクたちの注目は?
日本で成功を収めた宮崎吾朗の「コクリコ坂から」が、フランスでも1月に公開になった。ジブリ作品はご多分に漏れずフランスでも人気が高いが、「ゲド戦記」は振るわなかった。それだけに、よりリアリスティックに戦後の日本を描いた彼の2作目がどんな受け止められ方をするのか、興味をかき立てられたのだが、出足を見る限りかなり好調のようだ。
マッシブな宣伝を展開したイーストウッドの「J・エドガー」と同日公開、というハンディを負ったにもかかわらず、初日だけで約1400人の動員を集め、同日公開作品の2位につけている。批評の方も、“偉大な父親”と比べられるハンディは致し方ないとしても、「印象派の絵画の世界に入り込んだような風景描写の美しさ」(パリジャン紙)、「小津映画同様、シンプルな喜びが悲哀に覆される……きわめて人間的な年代記」(レザンロックプティブル誌)などの称賛を得た。ちなみに批評のなかで目についたのが、ヒロインの用意する朝食や、商店街の風景などディテールへの注目ぶり。これらは60年代の日本の生活様式を描写するものとして、フランス人の好奇心をかき立てたようだ。
そんなリアクションを見てふと考えさせられたのが、年々増加するJポップ・カルチャーに傾倒するフランスのオタク人口である。たとえば、日本文化を紹介するフランス最大の見本市として知られるJAPAN EXPOは、いまや19万人以上を動員する。これまでX JAPANやAKB48などが参加しているこのイベントは、茶道や生け花といった伝統文化よりもむしろマンガ、アニメ、Jポップ、ゴスロリ・ファッションなど、最新のJポップ・カルチャーに遭遇する場所としてティーン層に人気を博す。「カワイイ」という形容詞は、彼らのあいだではいまや一般的に通じるほどだ。
それにしても、なぜいまこれほどまでにJポップ・カルチャーがティーンを引き付けるのだろうか。90年代から日本のアニメ/マンガの翻訳を出版してきた草分け的な出版/配給会社、KAZEのマンガ部門責任者のラファエル・ペン氏に聞いたところ、こんな答えが返って来た。「日本のアニメやマンガは、その発想や絵のスタイル、世界観などがフランスのものとはまったく異なるため、別世界に浸れる、ある意味現実逃避のような快感があるのではないでしょうか。ゴスロリ・ファッションにしてもその延長であると同時に、他の子とは違った格好をすることで、自分なりのアイデンティティを確立したいという思いもあるのだと思います」
だが彼らが共感を寄せるのは、ファンタジックな世界ばかりではない。昨年11月にフランスで公開された原恵一の「カラフル」は、自殺や家庭崩壊をテーマにした重い作品だが、ロングラン・ヒットを記録している。こうしたティーンの日常的で切実な問題を扱った作品が、フランスのコミック(バンド・デシネ)に見当たらないのも人気が集まる理由かもしれない。校内暴力やいじめといった問題は、日本ほどではないにしてもフランスでも存在するだけに、そうした悩みを抱えたティーンは意外に多いのではないかと思うのだ。
一方、最近では日本のコミックをフランスで映画化するという面白い動きもある。ヨーロッパで人気の谷口ジローの原作、「遥かな町へ」を、フランス人キャストで映画化したのが「QUARTIER LOINTAIN」(2010)という作品。企画を聞いたときはどうなることかと思ったものの、舞台を美しい田舎の高原地帯に移し、原作の真髄を生かしてしっとりとした大人の寓話に仕上げた、なかなか巧みなアダプテーションだった。こうした路線も、今後新たな金鉱になるかもしれない。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato