コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第364回
2025年6月11日更新

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
「星つなぎのエリオ」に“魂”が受け継がれている――ピクサー本社取材で込み上げてきた”懐かしい感情”

時代は時間をかけてすこしずつ変わっていくはずだけど、近年のハリウッドはとくに流れが激しいと感じている。コロナが動画配信への移行を加速させ、それにともないスタジオの買収や再編が繰り返されている。ディズニーが21世紀フォックスを買収したのが2019年で、その数年後にはワーナーメディアとディスカバリーが統合し、今度はワーナー・ブラザース・ディスカバリーになった。ついこのあいだもアマゾンが10億ドルを追加投資して「007」を完全に手中に収めたし、製作会社のスカイダンスは80億ドルでパラマウントを買収する契約を結んでいる。
劇場への観客動員はコロナ前の水準に戻っていないし、ギャンブル性がさらに高くなったため、スタジオは劇場公開本数を減らし、続編やIPといったフランチャイズ依存を加速させている。
取材の形もすっかり変容して、行動制限などなくなっているのに、いまだにオンラインが主流だ。もはやセット取材のために世界を飛び回ったり、生身の俳優や役者と語り合う機会もめったにない。現場の熱気を肌で感じたり、取材の合間の雑談を通じて本音を聞き出すことなど過去の話となっている。
こうした現状に物悲しさを感じつつも、映画ライターとしては最後の黄金時代を過ごさせてもらえて幸運だったと思う。ぼくが活動を始めた90年代後半には、すでにタレント1人に対して複数の記者という「ラウンドテーブル」方式が規準になっていたけれど、セレブ相手でなければ1対1で取材する機会がもらえることが少なくなかった。クリストファー・ノーランやスティーブン・ソダーバーグ、デビッド・フィンチャーといった憧れの映画監督はもちろん、ウォルター・マーチ(編集)、ロジャー・ディーキンス(撮影)、ハンス・ジマー(音楽)、スタン・リー(原作)、シド・ミード(デザイナー)といった業界の重鎮たちと直接たっぷり話をさせてもらえたのは、一生の思い出だ。

そして、四半世紀ほどのささやかなキャリアで、ライフワークとなっていたのがピクサー詣でだ。初めて訪問したのが2001年の「モンスターズ・インク」のときで、それから新作が公開されるたびにエメリービルにあるスタジオを訪れた。
いまから想像するのは難しいだろうけど、当時のピクサーは若い才能が集まったスタートアップ企業のようだった。
それまでのハリウッド映画は委員会形式で作られることがほとんどだった。スタジオの重役たちが円卓を囲み、過去のヒット作を分析し、観客調査の数字を睨みながら、安全牌ばかりを積み重ねていく。グッズの売上予測、タイアップの可能性、海外展開のしやすさまで計算に入れ、リスクを最低限に抑えることが最優先だった。結果として生まれるのは既視感に満ちた凡庸な作品ばかりだった。
そんな状況下で、ピクサーはクリエイター主導でストーリー重視という、当時としては革命的な姿勢を貫いた。ファミリー向けのアニメーションという外見に騙されがちだが、彼らがやっていたことは相当にロックだった。実際、ジョン・ラセター、アンドリュー・スタントン、ピート・ドクター、リー・アンクリッチという主要メンバーは自分たちをビートルズに喩えていた。
「モンスターズ・インク」に圧倒され、その背後にいるクリエイターたちの情熱に感化されたぼくは、たちまちピクサーの虜になった。そして、「ファインディング・ニモ」「Mr.インクレディブル」「レミーのおいしいレストラン」「ウォーリー」「カールじいさんの空飛ぶ家」と、彼らが手がける新作をいち早く目撃できる特権に心から感謝していた。取材で得た興奮をそのまま記事にして読者に届けることで、自分もなにかに貢献できている気がした。唯一の心残りは、創業者のスティーブ・ジョブズに会えなかったことだ(アップルに復帰していたので、取材のときはいつも留守だった)。
時は流れ、ピクサーはさらなる成長を続けたものの、#MeTooとコロナという二つの大きな波に襲われることになった。しかし2024年の「インサイド・ヘッド2」の興行的、批評的な大成功により、見事に復活を遂げている。

(C)2025 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
そんな折、ピクサーの最新作「星つなぎのエリオ」の取材機会が舞い込んできた。しかもオンラインではなく、本社での取材である。まるで久々に母校を訪れる気分で、再びエメリービルに戻った。
久しぶりのピクサーは相変わらず穏やかな佇まいを見せていた。スティーブ・ジョブズ・ビルディングと名付けられた本館の前に立つ巨大な白いデスクランプと、ピクサーボールが織りなす光景は、まさに記憶の中そのままだった。
吹き抜けのアトリウムには相変わらず多くのスタッフが行き交い、自然光が差し込む開放的な空間が広がっている。このレイアウトは後にアップルストアでも採用された。壁面を飾るアートワークはすべて最新作「星つなぎのエリオ」のものに変わっているが、新作のたびに一新されるのは恒例のことだ。
ただ、物理的な環境がどれほど変わらずとも、取材に応じてくれる人々の顔ぶれは、もはや様変わりしていた。

最新作「星つなぎのエリオ」のフッテージ上映後に登壇したのは、ドミー・シー、マデリーン・シャラフィアンという二人の監督と、プロデューサーのメアリー・アリス・ドラム。見ての通り、全員が女性である。
かつてのピクサーに対する批判の一つに、「ボーイズ・クラブ」化しているというものがあった。スタッフの大半が男性で占められ、男子校のノリで物事が進められていく。その結果、女性スタッフが発言しにくい状況が生まれているのではないか、という指摘だった。そうした問題がくすぶり続け、#MeTooの波とともに表面化したのである。
2018年、長年にわたりピクサーを率いていたジョン・ラセター監督が退任し、後任のチーフ・クリエイティブ・オフィサーにピート・ドクター監督が就任した。改革が進められ、2022年にはピクサー史上初めて女性が監督を務めた「私ときどきレッサーパンダ」が公開された(コロナ禍のため配信のみだったが)。
そして最新作「星つなぎのエリオ」は、「私ときどきレッサーパンダ」を手がけたシー監督が、同作でストーリーアーティストを務めたシャラフィアンと共同で監督している。
「ドミーが完全に自分らしく、見たい作品をそのまま作っている姿を見て、リーダーであっても自分らしくいていいんだという自信をもらいました」とシャラフィアンは語る。
「本当にドミーがいなかったら、ここにはいませんでした」

一方のシーは、同作で製作総指揮を務めるピート・ドクター監督への感謝を口にする。
「『インサイド・ヘッド』でストーリーアーティストをしていた頃から、ずっとメンターとして応援してくれています。映画業界、アニメーション業界がこういう段階に来て、より多くの女性の声が聞こえるようになっているのは、本当にクールだと思います」
「星つなぎのエリオ」は、宇宙にこそ自分の居場所があると信じている少年エリオが、エイリアンに拉致されたことをきっかけに壮大な冒険に乗り出すという物語だ。プロデューサーのドラムによると、もともとは「リメンバー・ミー」で共同監督を務めたエイドリアン・モリーナが立ち上げた企画だったが、「リメンバー・ミー2」製作のため離脱。シー&シャラフィアン体制が引き継ぐことになったという。
原作はモリーナによるものだが、そこにシー&シャラフィアンの心が込められているという。
「私は、本当に悲しいことが起こった後に心に壁を築いた少年についてのストーリーを語ることに興味がありました」とシー監督は語る。
「彼は悲しみと孤独を、拉致されるという不可能な出来事を達成しようとすることで隠そうとしています。その執着を乗り越え、心の空虚感を埋める唯一の方法は周りの人々に手を伸ばすことだと気づく過程をこの物語で描いています」
「星つなぎのエリオ」の核となるのは、エリオとグロードンというエイリアンとの絆だ。シャラフィアンは、この関係こそが物語の心臓部だと説明する。
「エリオが最初にグロードンに出会った時、彼は恐ろしい存在でした。恐ろしい歯がびっしり生えた口、予想とはまったく違う声。でもエリオが時間をかけて、地球の子どもたちを突き放していたのとは違って、実際にグロードンとの繋がり方を学ぼうとした時、そこに美しい絆が生まれたんです」
シーも同感だ。
「私はカナダ人ですが、中国生まれです。自分とは必ずしも見た目が同じでない他者と繋がることができるというメッセージを広げることができるのは、とてもクールだと思います」

二人の女性監督の言葉を聞いているうちに、懐かしい感情が込み上げてきた。創作にかける情熱と、物語への深い愛情が、まっすぐにこちらにも伝染してくる。かつて、ピート・ドクター監督やアンドリュー・スタントン監督、ブラッド・バード監督、リー・アンクリッチ監督の話を聞いたときと同じように。
きちんとピクサーの魂は受け継がれている。こういう進化はとてもいいなと思う。
筆者紹介

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi