コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第295回
2019年8月19日更新
第295回:音楽映画の最新トレンドは本人が登場しないパターン? 「イエスタデイ」と「ブラインデッド・バイ・ザ・ライト」
フレディ・マーキュリーの伝記映画「ボヘミアン・ラプソディ」が予想をはるかに上まわる大ヒットを飛ばし、エルトン・ジョンを題材にした「ロケットマン」もヒットとなっていることから、ハリウッドでは有名ミュージシャンを題材にした音楽映画が次々と準備中だ。バズ・ラーマン監督(「ムーラン・ルージュ」)はエルビス・プレスリーの映画を準備中だし、ジャン=マルク・バレ監督(「ダラス・バイヤーズクラブ」)はジョン・レノンとヨーコ・オノのラブストーリーを企画しているという。ほかにも、開発段階はまちまちながら、マドンナやボブ・マーリー、キャロル・キング、アレサ・フランクリン、エイミー・ワインハウス、ボーイ・ジョージ、セリーヌ・ディオンなどを題材とした映画企画が進行中だ。
そんななか、通常の音楽映画の枠に収まらない、新手の作品も生まれている。
たとえば、今年のサンダンス映画祭でスタンディングオベーションを巻き起こし話題を集めた「ブラインデッド・バイ・ザ・ライト(原題)」というイギリス映画がある。主人公は、1980年代のイギリス郊外で暮らすパキスタン系移民の高校生。厳格な父や経済不況、人種差別などで息苦しい毎日を送る彼は、ひょんなきっかけでブルース・スプリングスティーンの音楽に出会う。スプリングスティーンの音楽に背中を押され、憧れの女の子に声をかけたり、父親の反対を押し切ってジャーナリストになる夢を追いかけたりすることになる、という爽やかな青春映画だ。監督は、「ベッカムに恋して」のグリンダ・チャーダ。
本作においてスプリングスティーンは主人公ではないし、劇中にも登場しない。しかし、主人公の人生に多大な影響を与える人物として、彼の音楽とキャリアがとてつもない存在感を放っている。ちなみに、これはチャーダ監督と共同で脚本を手掛けたサフランズ・マンゾーの実体験を元にしている。
もうひとつの音楽映画の変わり種は、ダニー・ボイル監督の「イエスタデイ」だ。こちらの主人公ジャック(ヒメーシュ・パテル)は売れないミュージシャンだ。交通事故に遭った彼が目を覚ますと、世界中の人々がどういうわけかザ・ビートルズの存在を忘れてしまっていることに気づく。ライブの際、ビートルズの楽曲を披露していくうちに、スターダムを駆け上がっていくというファンタジーだ。脚本が「ラブ・アクチュアリー」や「アバウト・タイム 愛おしい時間について」などで知られるロマコメの名手リチャード・カーティスということもあって、物語の核はジャックと彼を支える幼なじみエリー(リリー・ジェームズ)とのラブストーリーである。だが、カーティスがザ・ビートルズの熱狂的なファンということもあって、トリビアネタがたっぷり詰め込まれているし、彼らの楽曲がドラマを大きく盛りあげていくことになる。
「ブラインデッド・バイ・ザ・ライト(原題)」と「イエスタデイ」に共通するのは――主人公がどういうわけかいずれも南アジア系イギリス人であることに加えて――、特定のアーティストの楽曲が大々的に採用されている点だ。伝記映画ではないから、アーティストの生い立ちやキャリア、私生活はほとんど分からない。でも、彼らが生みだした音楽が物語を突き動かしており、音楽性についても主人公たちを通じてしっかり説明される。アーティストのファンは間違いなく楽しめるだろうし、これらの映画を通じて、彼らの音楽のファンになる人もきっといるはずだ。なにより、これらの作品は「音楽映画=伝記映画」というパターンを壊してくれた。「ブラインデッド・バイ・ザ・ライト(原題)」は青春映画だし、「イエスタデイ」はロマンティックコメディである。
才能の開花や幼年期のトラウマ、成功と挫折を描く従来の伝記映画だけでなく、もっと自由な音楽映画が増えることを期待している。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi