コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第269回

2016年4月20日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

第269回:新時代到来? 映画配信システム「スクリーニング・ルーム」とは

今年もラスベガスでシネマコンに参加した。シネマコンとは、全米劇場所有者協会(NATO)が主催するコンベンションで、劇場関係者向けのコミコンのようなものだ。4日間にわたって、最新機材のデモンストレーションや展示会、セミナーなどが行われるが、最大の目玉は映画スタジオが行うラインアップ発表会だ。ここでの劇場主の反応が公開規模に影響するので、各スタジオは未公開フッテージを披露したり、セレブに作品紹介をさせたりして、新作への期待を煽ることになる。今年も「パッセンジャーズ(原題)」のジェニファー・ローレンスクリス・プラットや、「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」のエディ・レッドメイン、「War Dogs(原題)」のプロデューサーを務めたブラッドリー・クーパーなどトップスターがつぎつぎと登壇。なかでもDCコミック原作の「スーサイド・スクワッド」は、ウィル・スミスジャレッド・レトマーゴット・ロビーら豪華キャストが勢揃いして圧巻だった。

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だが、今回のシネマコンで話題をさらったのは、期待の大作でもビッグスターでもなく、スクリーニング・ルームと呼ばれる映画配信システムだ。これはナップスターの共同設立者であるショーン・パーカーが立ち上げを画策している新たな動画配信サービスで、小売価格150ドル程度の専用セットトップボックスを入手すれば、最新映画を劇場公開日に家庭視聴できるようになる、というもの。シネマコンの直前にその情報が明らかになったこともあって、どのイベントでも今そこにある危機としてスクリーニング・ルームが槍玉にあげられていた。

興行主がスクリーニング・ルームに警戒心を抱くのも無理はない。新作映画がDVDやブルーレイ、VODなどいわゆるホームエンタテイメントで視聴可能となるのは、一定期間、劇場で上映されたあとと決まっているからだ。劇場で独占的に配給される時期をシアトリカル・ウィンドウと呼び、いちおう90日間とされている。スクリーニング・ルームが劇場公開と同時に新作映画を配信すれば、シアトリカル・ウィンドウが消滅し、映画館が優位性を保てなくなってしまうのだ。

実は、シアトリカル・ウィンドウをなくす試みはいま始まったばかりではない。2011年にはディレクTVが、新作映画をVODで配信しようとしたものの、興行主や映画監督たちの反対を受けて、立ち消えになった経緯がある。

しかし、今回のスクリーニング・ルームは状況がすこし違う。ディレクTVの時に反対していたピーター・ジャクソンをはじめ、J・J・エイブラムススティーブン・スピルバーグマーティン・スコセッシといった人気監督が支援を表明しているのだ。

このサービスの最大の特徴は、映画館と利益を共有する仕組みになっている点だ。新作映画の1本あたりの視聴料は50ドルで、そのなかから最高で20ドルを劇場に還元することになっている。つまり、映画館と観客を取り合うライバルではないのだ。

また、スクリーニング・ルームは映画館から足が遠のいてしまっている観客層をターゲットにしている。アドバイザーを務めるピーター・ジャクソン監督は、ハリウッド・レポーター誌に以下のように説明している。

「昨年、アメリカ人の半数は映画館に1度も足を踏み入れていない。そして、足を踏み入れた残りの50%のうち、95%は年に1、2本しか見ていないんだ」

つまり、仕事や家庭の事情、あるいは健康上の理由から劇場に通えなくなった層を取り込むことを目的にしているのだ。僕なんかは小さな子どもがいるからよく分かるのだけれど、夫婦で大人向きの映画を見ようと思ったら、まずはベビーシッターの手配をしなければいけない。それには当然コストがかかるし、駐車代やチケット代などの出費も覚悟しなければいけない。結局いろいろ面倒になって、DVDが出るまで待つことになる。同じような理由で映画館に行かなくなった映画ファンは、アメリカにかなりいると思う。

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ただ、スクリーニング・ルームは詳細が決まる前に情報がリークされてしまったこともあって不明点が多いし、ショーン・パーカーがナップスターで音楽業界を壊した前歴があるため、劇場主たちのあいだでは警戒感が強い。映画監督のなかでも、ジェームズ・キャメロンクリストファー・ノーランM・ナイト・シャマランらが反対を表明しており、ハリウッドを舞台にシビル・ウォーのような状態になっている。

シネマコンのあいだに、スクリーニング・ルームの代表が、NATO、およびMPAA(アメリカ映画協会)の代表と面会したというが、その内容は明らかにされていない。今後の展開に注目したいと思う。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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