コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第268回
2016年3月1日更新
第268回:「キングスマン」コンビの新作は負け犬が主人公のスポーツ映画!
英語にアンダードッグ(underdog)という表現がある。スポーツなどの競技で勝つ見込みがないと思われている人のことで「弱者」とか「負け犬」などと訳される。逆に、勝利を確実視されている実力者をトップドッグ(top dog)と呼ぶ。いずれもドッグという言葉が使われているところをみると、おそらく闘犬が語源なのではないかと思う。
さて、スポーツ映画のほとんどがトップドッグではなく、アンダードッグを主人公にしている。「ロッキー」も「がんばれベアーズ」も、「マネーボール」もそうだ。強者より弱者のほうが共感しやすいし、弱者が困難に立ち向かうからこそ、葛藤と感動が生まれるからだろう。
「キングスマン」の主演・監督コンビが再タッグを組んだ新作「Eddie The Eagle」も、そんな王道のスポーツ映画だ。
主人公エディ(タロン・エガートン)は、物心ついたときからオリンピック選手になることを夢見ている。だが、あいにく目が悪く、運動神経も芳しくない。しかし、どれだけ周囲に止められても、彼は諦めない。母国イギリスにスキージャンプ選手がいないことに気づいた彼は、スキージャンパーとしてのオリンピック出場を目指すことになる。
独学でジャンプを勉強している彼を指導することになるのが、スキージャンプ施設で除雪作業を行うブロンソン(ヒュー・ジャックマン)という男だ。元天才ジャンパーの彼は、いまではアルコールに溺れてしまっている。そんなアンダードッグ二人が手を組み、オリンピック出場という夢に向かって特訓を開始することになるのだ。
冬季オリンピックに詳しい人なら、この映画が実話をもとにしていることに気づくだろう。これは、イギリス史上初のスキージャンプオリンピック代表選手となったマイケル・エドワーズの物語であり、「Eddie The Eagle」というタイトルはエドワーズの愛称なのだ。
この映画がスマートなのは、実在の人物を元にしていながら、ところどころに大胆な脚色が行われていることだ。たとえば、ヒュー・ジャックマン演じるコーチは実は存在せず、エドワーズを指導した複数のコーチを掛け合わせたものだという。伝記映画というと、事実にこだわるあまり盛り上がりに欠けた作品になってしまうことが多いけれど、プロデューサーとして参加したマシュー・ボーン監督(「キングスマン」)は、ほどよくフィクションを織り込んで、娯楽性豊かなスポーツコメディに昇華させている。そういえば、ジャマイカのボブスレーチームを題材にしたスポーツ映画「クール・ランニング」も、登場人物はみんな架空のキャラクターに置き換えられていたっけ。
この映画の魅力は、諦めなければ夢はきっと叶うという、すがすがしいくらいに単純なメッセージに加えて、不器用で純真な主人公を演じたタロン・エガートンだろう。「キングスマン」ではヤンキー風の若者からスーパースパイへの変遷を演じていたが、今回は愛すべきダメキャラを演じている(もともとは「ハリー・ポッター」のルパート・グリントが演じる予定だった)。共演したコリン・ファースやヒュー・ジャックマンがそろって彼の才能を絶賛するのも納得で、今後の活躍がますます楽しみになった。
ニューヨークで行われた取材では、マイケル・エドワーズ本人とも対面できた。「カサイ(葛西選手)は、まさにレジェンドだ」と仰っていました。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi