コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第150回
2011年9月8日更新
第150回:ソダーバーグ監督が挑んだパンデミックサスペンス「コンテイジョン」
秋の新学期にあわせて、近所の薬局やスーパーがインフルエンザの予防接種サービスを一斉に開始した。ワクチンの供給が滞らない限り、アメリカでは簡単に予防接種を受けることができるのだが、あいにくこれまで利用したことがなかった。インフルエンザの季節が始まるたび、受けなきゃと思いつつ先延ばしにし、そのうち何度か風邪を引いて、いつのまにかシーズンが過ぎ去ってしまうというサイクルを繰り返していた。ズボラな性格と危機感の欠如がいけないのだが、今年は初めて真剣にワクチン接種を検討している。
きっかけは、スティーブン・ソダーバーグ監督の最新作「コンテイジョン」を観たことだ。
「コンテイジョン」は、「感染」というタイトル通り、パンデミックを描くサスペンス映画だ。
パンデミックを題材にした物語は少なくないし――ゾンビ映画の定番だ――、自然や人為的災害を描くパニック映画の一種なので、新鮮さは感じられないかもしれない。でも、作家性の強いソダーバーグ監督がこのジャンルに挑戦したことに意味がある。ローランド・エメリッヒ(「2012」や「デイ・アフター・トゥモロー」)のようなハリウッド監督が料理したら、派手な映像と感動ストーリーを盛り込んで、スペクタル巨編に仕上げるに違いない。しかし、ソダーバーグ監督は致死率の高い新種の感染病が世界で大流行するという恐怖のシナリオを、派手な演出や作り込みを排除して描いたのだ。
物語は、感染2日目から描かれる。ミネアポリスや東京、香港、ロンドンなどで暮らす人々が、それぞれ発症する。咳や熱、疲労感と、初期症状は風邪のようだが、なにをしても症状が改善することはなく、数日後には体調が急変し、死に至る。彼らと接触した人々も次々に感染し、日を追うごとに幾何級数的に犠牲者が増えていく。「コンテイジョンは、パンデミックの進行を政府や医療機関、ジャーナリスト、一般の人など、さまざまな視点から描く意欲作だ。ひとつの社会問題を複数のストーリーラインから描くというアプローチは、ソダーバーグ監督の傑作「トラフィック」と似ている。
「ぼくらの目標は、可能な限りリアルに描くことだった」と出演者のマット・デイモンが証言するように、ソダーバーグ監督の視点はとても冷徹だ。エモーショナルな場面は抑制が効いているし、グロテスクな場面もたった1箇所しかない。監督自らがカメラを操作したスタイリッシュな映像も手伝って、メランコリックな架空ドキュメンタリーという印象だ。でも、発生源を巡るミステリー(感染1日目の謎が最後に明かされる)と、マット・デイモン、グウィネス・パルトロウ、ケイト・ウィンスレット、ジュード・ロウ、マリオン・コティヤールという豪華すぎるキャストのおかげで、物語に没頭できる仕掛けになっている。
観客に与える影響力の強さで映画の質を判断するとすれば、「コンテイジョン」は間違いなく傑作だ。映画を観た直後、ぼくはインフルエンザの予防接種の予約を入れてしまったほどだ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi