コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第6回
2018年12月17日更新
オスカー候補作「ROMA ローマ」が日本でも配信開始
第91回のアカデミー賞は2019年2月25日(日本時間)に発表されますが、これに向けた賞レースが白熱してきました。レースは今のところ混戦模様です。その理由は「本命不在」ということになるのですが、アカデミー作品賞ノミネート有力と目されている作品を挙げておきましょう。
「アリー スター誕生」
「グリーンブック」
「女王陛下のお気に入り」
「バイス」
「ビール・ストリートの恋人たち」
「ブラック・クランズマン」
「ブラックパンサー」
「ROMA ローマ」
他にも何作品かありますが、ノミネート候補作は大体こんな感じでしょう。このうち「ROMA ローマ」だけが、ちょっと独特の立ち位置にいます。
少し説明しましょう。「ROMA ローマ」は「ゼロ・グラビティ」のアルフォンソ・キュアロン監督の5年ぶりの新作です。前作とはガラリと変わって、全編モノクロ映像という渋い作品。舞台も監督の故郷メキシコ・シティ(の「ローマ」という町)という設定で、極めてパーソナルなストーリーです。
しかも、スタジオがNetflix。つまり「劇場公開されない映画」なのです。
この映画、今年5月のカンヌ映画祭でお披露目の予定でしたが、カンヌの今年のレギュレーション「出品作は、すべてフランスで劇場公開されなくてはならない」に抵触するため、Netflixのすべての新作同様カンヌから閉め出されてしまいました。
その後、8月のベネチア映画祭がワールドプレミアの場に選ばれ、そこで「ROMA ローマ」は最高賞の金獅子賞を受賞しています。
私は10月のトロント映画祭で鑑賞したのですが、トロントで見た作品の中でも非常に感銘を受けた一本でした。トロント映画祭の観客賞(=最高賞)でも、「グリーンブック」に次いで2位の座を得ています。
65ミリフィルムで撮影したという、超高解像度なモノクロ映像。水平に、斜めに、独特の軌跡で動くカメラ。70年代のメキシコの街並みを忠実に再現したオープンセット。それは「キュアロン監督の頭の中に残っていた50年前の記憶を現代のテクノロジーで映像化し、そこから色を抜き去ってノスタルジックに仕上げた」というような、極めて作家性の高い一本です。
私は、この映画を見ながらずっと考えていました「何でこれがNetflixなの?」「本当に劇場公開しないの?」と。
キュアロン自ら撮影監督を務めたモノクロ映像は、独特の陰影を帯びて美しく、登場人物たちは溌剌としており、プロダクションデザインも秀逸です。音楽・音響も素晴らしい。まさに「映画館で見るべき一本」なわけです。「何で劇場公開しないの?」という私の疑問は解けず、「Netflixオリジナルである意味が分からない」という結論にいたりました。
後で、監督とプロデューサーのインタビューを読んだら、「英語作品でなく(全編スペイン語)、俳優も無名でモノクロ映画だから、興行的には苦戦するだろう。もっとも多くの観客に見てもらうにはNetflixと組むのが最適と判断した」ということです。
これはズバリ資金調達のことを語っています。「Netflixと組むのが最適」イコール「他のスタジオから、彼らの望むレベルの製作費を調達するのは無理だった」ということです。
しかし、出来上がった映画のクオリティがあまりにも素晴らしかったので、この「ROMA ローマ」はアカデミー賞を最終ゴールとする「オスカー銘柄」になりました。ベネチアでの受賞を皮切りに、ニューヨーク批評家協会賞(作品賞、監督賞、撮影賞を受賞)や、ゴールデングローブ賞(監督賞、脚本賞、外国語映画賞にノミネート)などで批評家のお墨付きを次々と得ています。19年のアカデミー賞のノミネート資格を得るために、ロサンゼルスとニューヨークでの限定的な劇場公開も11月に行われました。そう、アメリカでは一部の映画館で上映されたのです。残念ながら、アメリカ以外では劇場公開される予定はありません。
(コンディション的に)映画館での鑑賞がベストである作品が、Netflixでしか見られないという選択を、監督とプロデューサーが行っている現実はあまりに辛い。しかしその結果、Netflixから十分な製作費を得られ、オスカークラスの傑作が生みだされたというのもまた現実。何ともアンビバレントな感情がわき上がります。
実はこの「ROMA ローマ」、(2018年)12月14日から配信が始まっていて、日本のNetflixでも日本語字幕付きバージョンを鑑賞可能です。
試しにiPhoneのNetflixアプリで見てみたら、シネマスコープのスクリーンサイズがiPhone Xのサイズと絶妙にマッチしていてちょっと驚きました。洋服のサイズが身体にピタリ合ったようなある種の「フィット感」を覚えます。映画館の大画面では見られないのですが、少なくとも自分のスマホでは画面いっぱいで見ることができる。
ここにいたって「何で劇場公開しないの?」という私の疑問が、ちょっとだけ晴れた気がしました。ひょっとしたらキュアロン監督は、この作品を映画館のスクリーンとスマートフォンの両方に最適化することにチャレンジしたのかも知れません。
Netflixユーザーの皆さまは、どうかこのオスカークラスの傑作をお見逃しないように。
追記(12月18日):本文をアップ後に知ったのですが、アメリカ以外でもけっこうたくさんの国で劇場公開が決まっているようです。日本も「Coming Soon in 2019」となっていますので、楽しみに待ちたいと思います。
ROMA: Release Dates | Netflix
筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi