コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第3回
2018年10月16日更新

賞レースのスタート地点は、トロント映画祭じゃなかった件
前回に続いてトロント映画祭のことを書きます。今年初めてトロント映画祭に参加してわかった重大な事実、それは、賞レースの始まりが、実はトロント映画祭ではなかったということです。

では、いったいどこなのか?
ベネチア映画祭? 半分正解です。ただしもう一つ正解があって、それは、日本であまりなじみのない映画祭なんです。
前回のコラムで紹介した「The Biggest Little Farm」を、トロント映画祭で見た時のことです。上映後に同作の監督によるティーチインが行われ、観客からこんな質問が出ました。
「この映画は、今後どのように広がって行きますか? 一般公開の見込みはありますか?」
インディーズ映画のほとんどは、劇場公開される保証はありません。映画を完成させる → 映画祭に出品・招待される → バイヤーの目にとまる → 売買交渉成立 → 配給会社が決定 → 一般公開決定 という流れ。つまり、市場の需要にマッチするか否かで、映画が売れるかどうか、公開できるかどうかが決まるのです。世の中には「劇場公開されない映画」の方が圧倒的に多いんですね。

先の質問への、監督の回答はこんな内容でした。
「長年かかって映画が完成して、テルライドと、このトロントで上映することができました。幸い、今いくつかオファーをいただいて、上手くいけば劇場公開にこぎ着けられるかも知れません」
翌日、また別のインディーズ映画のティーチインに立ち会いました。MCが監督に話しかけます。
「監督、新作が完成して、今日トロント映画祭で上映されました。今の気持ちをお伝えください」
「先月、テルライドで舞台挨拶に立って、今、ここトロントにいます。映画を皆さんにご覧いただいて感無量です」
……テルライド?
いったい何のことでしょう? トロント映画祭のティーチインなのに、昨日の監督も今日の監督も「テルライド」と話しています。
実は、トロント映画祭で上映されている映画の主要なものは、トロントより少し前に、コロラド州のテルライド映画祭に出品されているんです。あるいは、イタリアのベネチア映画祭のどちらか。テルライドとベネチアの両方に出ているものもあります。
気になったので、今年のテルライド映画祭のWebサイトを見てみます。
私がティーチインに参加した「The Biggest Little Farm」や「Ghost Fleet」ももちろん上映されています。いや、驚くべきは「ファースト・マン」「ROMA」そして是枝裕和監督の「万引き家族」もラインナップされています。そして「ROMA」にはこの映画祭の最高賞が贈られています。

(C)Universal Pictures
何なんだ、この映画祭は? 2017年のラインナップも見てみましょう。
「シェイプ・オブ・ウォーター」「レディ・バード」「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」といったオスカー受賞作・候補作の他に、「ラブレス」「顔たち、ところどころ」などのカンヌ銘柄も混じっています。ホンモノ感が半端ない。
テルライド映画祭は、コロラド山間のスキーリゾートの町で、毎年8月の終わりに行われる小さな映画祭なのですが、こんなにトンガったキュレーションが行われているとは知りませんでした。北米における賞レースのスタート地点は、トロント映画祭だと思い込んでいましたが、実は、テルライド映画祭だったんです。
今年、テルライドに行ったというオーストラリア人ジャーナリストが語っていました。「『ファースト・マン』の上映に行ったら、観客が10人ぐらいしかいなかったの。チャゼル監督は、私の質問に20分以上も答えてくれたのよ」……かなりコストパフォーマンスが高そうです。

マイケル・ムーアの著書「マイケル・ムーア、語る」にも、この映画祭のことが登場します。彼のデビュー作「ロジャー&ミー」について語っている部分を、ちょっと引用してみましょう。
「それから七カ月後、映画が完成した。三つの映画祭(テルライド、トロント、ニューヨーク)に編集済みのフィルムを送ってみると、そのすべてで参加が認められ、1989年9月にそれぞれの映画祭で上映することになった。
上映開始の五分前、ホールの窓からふと外を見ると、恰幅のいい人影がメイソンズ・ホールに向かって通りを歩いていくのが見えた。ほかでもない、ロジャー・イーバートだった。(中略)『わたしがここに来たのは、きみの目に何か妙なものが見えたからだ。ここに来たほうがいいと思わせる何かが。だから来た』」
なんと、マイケル・ムーアの監督デビューの場所だったことも発見ですが、高名な映画評論家のシスケル&エバート(2人とも故人)が、30年前にこの映画祭を当たり前のようにチェックしていたというのがまた凄い。この映画祭は、昔からホンモノだったんです。
ググってみると、1974年に始まった映画祭だということが分かりました。来年は45周年、行ってみるしかありません。
しかし、大きな問題がひとつ。

Photo credit: K Web Creative on Visualhunt / CC BY-NC
テルライドは標高2600メートルの高地なんです。酸素薄いですよね。覚悟して行かないと。
筆者紹介

駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi