コラム:細野真宏の試写室日記 - 第89回
2020年9月3日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
第89回 試写室日記 「事故物件」の大ヒットで見えてきた新型コロナ時代の映画ヒットの傾向とは?
新型コロナ時代の映画業界で注目されていた一つに、「ホラー映画」と「興行の強さ」との相関関係がありました。
これは、新型コロナウイルス騒動が起こり始めた2020年2月7日(金)に公開された「犬鳴村」と、2月21日(金)に公開された「ミッドサマー」が、予想を大きく上回るヒットをしたので、「リアルっぽいホラー映画は、認知されれば環境に左右されにくい」という仮説があったからです。
まさに、8月28日(金)に公開された「事故物件 恐い間取り」は、その流れをくむものだったため動向に注目が集まりましたが、やはり想定通りの大ヒットスタートを記録しました!
そして、「事故物件 恐い間取り」は「犬鳴村」と客層が似ていると予測できたので、「犬鳴村」と同じような推移を辿りそうだ、と考えることができます。
実際に配給元の松竹の調査によると、男女比は4対6と女性が多く、しかも、10代~20代がコア層になっていたそうです。
平日の動向を見ても夕方から観客が増えてきているので、学生が学校終わりにグループで来ていることなどが推測されます。
その意味で、「事故物件 恐い間取り」の場合は、初週の週末の3日間で4億6555万円という大ヒットを記録しているため、10代~20代がコア層であった「犬鳴村」の最終興行収入14億円超は突破できそうで、まずは興行収入20億円は見込めそうな大ヒットスタートとなっています。
さて、夏休み需要が終わった今、平日の推移と共に、各作品の客層が色濃く反映されています。
まず、夏休み映画のトップバッターを飾った「今日から俺は!!劇場版」は、夏休みの終わりと共に平日の動員が下がってきているため、学生人気が高かった作品と言えそうです。
「今日から俺は!!劇場版」は、新作映画が渇望されたタイミングでのリリースも上手くマッチし、当初の目標を大幅に上回る、興行収入50億円という成績を残すまでになりました。
この作品を支えていたのは幅広い世代ではあるのですが、やはり若者層がコア層になってくれたことも大きいのです。
また、夏休み映画の2番手になりそうな「コンフィデンスマンJP プリンセス編」は、平日も好調で、落ちの少ない推移をしています。
これは、「今日から俺は!!劇場版」と比べると、大人世代にコア層がいることが分かります。
「コンフィデンスマンJP プリンセス編」も新型コロナウイルス騒動の中、前作の29.7億円を超える興行収入35億円は十分に見込めそうな推移となっています。
この2作品については、「競合作品が少ない時期」と「作品力」と「テレビ局の連ドラ映画の認知力」というのが功を奏したと言えると思います。
そして、この2作品に続けと、コア層が強い「劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] III. spring song」や、テレビ局映画の「糸」が続いています。
このように、一見、新型コロナウイルス騒動など関係ないような景気の良い結果を出しているのですが、「映画ドラえもん のび太の新恐竜」やディズニー・ピクサー作品の「2分の1の魔法」など、ファミリー層がコアとなる作品が、平時と比べると、やや厳しめな状況になっています。
この傾向は依然、「社会保険診療報酬支払基金」などの医療データとも符合しています。
現時点で最新の今年の6月分のデータでは、非常事態宣言明けということもあって、入院はしない「通常の通院日数」は、全体が14.5%の減少と平時に近くなっています。
ところが、やはり「未就学児」だけは42.2%の減少(対前年同月比)と、依然と半減近い状態が続いているのです。
このデータから、新型コロナウイルスの影響は「未就学児」を連れるファミリー層には大きそうだ、という傾向が見てとれますが、これは以下の映画業界にいる未就学児を持つ母親のリアルな声が象徴的だと思います。
「『映画ドラえもん のび太の宝島』も『映画ドラえもん のび太の月面探査記』も子どもを映画館に連れて行きましたが『映画ドラえもん のび太の新恐竜』は連れて行っていないですね…。小2と未就学児の子どもがいますが、コロナ以降、病院に行くこともめっきり減りました。万が一、子どもが感染したら学校や保育園に多大な迷惑をかけてしまうので、どうしても慎重になってしまいます」
このように特に「未就学児」については、親の判断要素が多い分、まだ新型コロナウイルスの影響は小さくないようです。
ただ、決してマイナス要素ばかりではなく「リアル系のホラー映画」のブームが生まれていたりと、プラス要因もありそうです。
そもそも「ホラー映画ブーム」というのは、たやすく生み出せるものではなく、実は「犬鳴村」の企画の際も当初、清水崇監督は「いや、もうホラーは…」と後ろ向きだったそうです。
「事故物件 恐い間取り」と同様に“松竹×ジャニーズ”という枠組みで、滝沢秀明主演×清水崇監督で2017年に「こどもつかい」を公開しましたが、興行収入5億6800万円と期待外れな結果になっています。
そして、「事故物件 恐い間取り」の中田秀夫監督は2015年に松竹配給で「劇場霊」を公開し、興行収入2.38億円という残念な結果に終わっています。
このように、ホラー映画というのは、意外と狙いに行けないものでもあるのです。
そんな中、新型コロナウイルスの影響もあり、「みんなで一緒に見れば怖くない」といった(数少ない)“イベント”として「ホラー映画」が脚光を浴びているようなのです。
同様に、新型コロナウイルスの影響でYouTubeの勢いがついているため、「事故物件 恐い間取り」については原作者のYouTubeのファン層が加わるなど、新しい局面も見せています。
以上のように、新型コロナ時代の映画ヒットの傾向は(小学生以上の)若者層にウケる作品が強いわけですが、唯一の心配は、これが第2の「少女コミック恋愛映画ブーム」のようにならないでほしいことです。
つまり、「二匹目のドジョウ」を狙いに行って「ホラー映画」の粗製乱造をしたり映画業界が自らブームを壊す事態にならないように適度なペースで作ることが必要になるわけです。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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Twitter:@masahi_hosono