コラム:細野真宏の試写室日記 - 第42回
2019年10月9日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
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第42回 「空の青さを知る人よ」。なぜ“超平和バスターズ”チームの映画は期待できるのか?
2019年9月30日@東宝試写室
令和に入ってからアニメーション映画が「天気の子」「トイ・ストーリー4」と既に2作も興行収入100億円を突破していますが、やはりアニメーション映画にはまだまだポテンシャルがありそうです。
そんな中、今週末の10月11日(金)から注目作「空の青さを知る人よ」が公開されます。本作は「監督・長井龍雪×脚本・岡田麿里×キャラクターデザインと総作画監督・田中将賀」の3人によるアニメーション制作チーム“超平和バスターズ”による3作目の映画です。
まず、2013年に “超平和バスターズ”による埼玉県秩父市を舞台とした映画「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」が公開されました。
配給会社アニプレックスによる全国64スクリーンという小規模公開にもかかわらず、思わずウルっとしてしまうほどクオリティーが非常に高く、ロングランヒット。興行収入は10.4億円と10億円を突破したのです!
そして、 “超平和バスターズ”が再結集し、再び埼玉県秩父市を舞台とした「心が叫びたがってるんだ。」が2017年に公開され、こちらもクオリティーが高く興行収入は11.2億円を記録しました。
これまでの2作品では主に10代の恋愛模様を描いたりしていましたが、本作「空の青さを知る人よ」では10代に加えて30代の恋愛模様も描いていたりと、作品のレイヤー(層)が深くなっていっています。
オーディションで選ばれたメインの声優陣は正直、発表時は「えっ?」と思いましたが(笑)、本編を実際に見てみたら驚くと思います。声優陣が足を引っ張るどころか、むしろキャラクターの魅力を押し上げているレベルでした。仕事の忙しさとかを考えなければ、純粋に映画館で5回くらい見ていたい作品です。意外と芸が細かいので見るたびに発見がありそうで、より深く、この暖かな世界観に入り込めると思います。
2013年から1、2作品目の映画評を週刊誌などで書いてきましたが、ずっと考え続けているのは、「どうしたら、この“超平和バスターズ”による作品がもっとブレークするのか?」ということでした。
別の言い方をすると、このチームのポテンシャルは、こんなものではない、と私はずっと思っていたのでした。
まず、「オリジナルのアニメーション映画」のようにキャラクターが認知されていない作品がブレークをするための最低限の条件として、「キャラクターデザインがどこまで自然に浸透できるのか」があると思います。
例えば、宮崎駿監督作品であれば、お馴染みになった宮崎駿によるキャラクターデザイン、「新世紀エヴァンゲリオン」であれば貞本義行によるキャラクターデザインといったものが象徴的でしょうか。
細田守監督作品の場合は、広く浸透してアイコン化された「新世紀エヴァンゲリオン」の貞本義行がキャラクターデザインを担当していることが成功の大前提にもなっていると思います。
私は、映画「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」を見た時に、この田中将賀によるキャラクターデザインというのもスタンダードになり得るのではないか、と思っていたのですが、その後「君の名は。」で新海誠監督に田中将賀によるキャラクターデザインが採用され、やはりスタンダードとなり得て、引き続き「天気の子」でも田中将賀が起用されています。
つまり“超平和バスターズ”は、その大前提が約束されたような状態にあると言えると思います。
その田中将賀によるキャラクターデザインに加えて、監督・長井龍雪×脚本・岡田麿里というコンビも、かなり面白い化学反応を生み出しています。
だから、やはり、このチームのポテンシャルは、まだまだこんなものではないはずなのです。
とりあえず2013年からの私のアイデアは、まだ3つくらいしかなく、①「配給会社をアニプレックスから最大手の東宝に変える」、②「歌をより流行るものにしてみる」、③「より高い成功によって制作費が上がったら、さらに緻密な画質にしていく」、といったものでした。
ところが、まさに、一番ハードルが高そうだと思っていた配給会社が、本作「空の青さを知る人よ」では最大手の東宝になったのです!(もちろん、当然の権利として、アニプレックスが一番出資できるようになっているわけですが)
しかも、これまでの“超平和バスターズ”の作品と比べても、それぞれの登場人物を心理描写も含めて圧倒的に上手く描けていて、彼らが得意とするリアリティーとフィクションの境界も自然で、上質なクオリティーに仕上がっていました。そのため過去最高の出来栄えなので、正当に評価されたら、興行収入はこれまでの倍の20億円は十分に狙えると思います。
思えば、2016年の新海誠監督作の「君の名は。」は、週刊誌で映画評を書く際に他の批評家がスルーだったので、それまで興行収入的には実績のない監督ではありましたが、作品のクオリティーを踏まえて「ポスト宮崎駿」という表現まで使って、注目作であることを訴えかけました。
その意味では、「『君の名は。』と『空の青さを知る人よ』だと、どっちがオススメですか?」と問われたら、「君の名は。」ですかね、と答えます。
一方で、「『天気の子』と『空の青さを知る人よ』だと、どっちがオススメですか?」と問われたら、私は「空の青さを知る人よ」ですかね、と答えます。
確かに「天気の子」は、映像のクオリティーについては申し分ないのですが、肝心の脚本については、私は個人的には「空の青さを知る人よ」のほうが良く書けていると思います。
もちろん社会現象を起こしブランド化した「君の名は。」の後で、製作費と注目度も圧倒的に違う「天気の子」とは、興行収入の面では比較にならないと思いますが…(笑)。
ただ、これは、映画に限らず、書籍などの世界でもそうですが、私は「売れているものが絶対に正しい」という立場ではなく、あくまで作品単体の出来とポテンシャルで判断します。
なので、たとえ興行収入では振るわなかったとしても、出来が良ければ素直に絶賛し続けます。
さて、②「歌をより流行るものにしてみる」についても、本作「空の青さを知る人よ」では、今の時代にハマっている「あいみょん」を起用しているので、この選択も良い気がします。
実際に、本作の脚本を踏まえて書き下ろした「あいみょん」の歌は、なかなか相性が良いですね。とは言え、「あいみょん」の歌が流行っている層と、本作との親和性は、現時点ではまだ未知数で、これがどうなっていくのか注目したいと思っています。
そもそも②については、2作目の「心が叫びたがってるんだ。」で乃木坂46の「今、話したい誰かがいる」という新曲を使って、私は、その段階でやっと「乃木坂46の歌」を認知したくらい、かなりの名曲でした。
また、1作目の「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」では、2001年のZONEの大ヒットシングル「secret base 〜君がくれたもの〜」を使ったりと、作品に合った楽曲の選定には良いセンスを持っていると思います。
ちなみに、3作目の本作「空の青さを知る人よ」では「あいみょん」だけでなく、もう一つ隠れた名曲の起用もしているのです。
あとは、本作の良さが多くの人たちにも届いて、③の「より高い成功によって制作費が上がったら、さらに緻密な画質にしていく」まで行ってくれたら、ますます日本の映画業界は底堅いものになると思われます。そのため、その「分水嶺」となりそうな本作の動向には大いに注目なのです!
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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Twitter:@masahi_hosono