コラム:細野真宏の試写室日記 - 第16回

2018年12月19日更新

細野真宏の試写室日記

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)

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第16回 「アリー スター誕生」。日本で本格的な「音楽映画」のマーケットがどの位あるか見極められそうな名作

2018年10月30日@ワーナー試写室

やはり「ドラゴンボール超 ブロリー」の破壊力は抜群だったようで、正月映画の前哨戦であり強敵が多く観客の奪い合いが起こった12月14日公開週末において、初動で興行収入10億円を突破してくれました(14日〜16日の累計)。

ただ、同時に注目すべきは「ボヘミアン・ラプソディ」が公開6週目にもかかわらず、1位の「ドラゴンボール超 ブロリー」に次いで観客動員ランキング2位にとどまった点でしょう。

先週末の時点で、当初の私の中での目標であった「グレイテスト・ショーマン」の興行収入を早くも追い越し興収53億円を突破、次の目標である名作「レ・ミゼラブル」(興収59億円)も余裕で超えそうです。

このスピードは「社会現象化」と言ってもよいレベルで、「音楽映画」の底力を改めて証明した形になっていると思います。

さて、これでようやく第14回で触れた、今週末に公開される「アリー スター誕生」についての紹介がしやすくなりました。

実は当初「ボヘミアン・ラプソディ」について唯一の心配があるとしたら、「ミュージカル映画」とリアルな「音楽映画」の違いで、いくら名作でも果たして「非ミュージカル系の音楽映画」が日本の観客から本格的な支持が得られるのか、ということでした。

というのも、2012年の「レ・ミゼラブル」以降が顕著な気がしますが、日本で定着してきた音楽に関する大ヒット映画は、基本“突然、歌いだす”作風の「ミュージカル映画」であって、実は「ボヘミアン・ラプソディ」のようなリアルな「音楽映画」での大ヒットというのは、それほど実例がないからです。

ただ、“突然セリフも歌いだす”作風であっても、“必然性があって歌う”作風でも「音楽映画」であることには変わりはなく、本来はそれらの区別なく(後者の)リアルな「音楽映画」も大ヒットしないとおかしいと思っていたので、そういう正当な実例ができた面でも「ボヘミアン・ラプソディ」の大ヒットは日本の映画業界的に大きな意味を持つものなのです。

まさにその意味で、「本格的な音楽をベースとしたリアルなハリウッド映画」として共通する「アリー スター誕生」への注目が大きくなる面もあります。

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まず「アリー スター誕生」も、映画史に残るくらいの名作だと思います。

例えば12月7日にアカデミー賞の前哨戦であるゴールデングローブ賞に「ボヘミアン・ラプソディ」は2部門でノミネートされましたが、「アリー スター誕生」は5部門でノミネートされています。

しかも注目すべきは、ノミネートされた作品賞の「部門」でした。

ゴールデングローブ賞とアカデミー賞との大きな違いは「ミュージカル・コメディ部門」と「ドラマ部門」に分かれている、ということで、多くの人はこの2作品を「ミュージカル・コメディ部門」に属すると考えていたようです。

ところが、冒頭の考察からも明らかなように、この2作品は「ミュージカル・コメディ部門」ではなく「ドラマ部門」にノミネートされたわけです。

本作「アリー スター誕生」で特に注目したいのは、音楽、演技、作品のクオリティーの3点でしょうか。

おそらく多くの人の中には、普通に「レディー・ガガはアーティストとしては問題を感じないが、初の映画で主演女優が務まるのか?」と心配を持つ人もいるでしょう。

私は「ボヘミアン・ラプソディ」を見るまでクイーンというバンドの偉大さを知らなかったように、この「アリー スター誕生」を見るまでは、なぜ世界中の多くの人たちがレディー・ガガに魅了されるのか分かりませんでした。

ただ、この映画で、ようやくレディー・ガガという稀有な才能を認識できたのと同時に、歌唱力とクリエイティブな才能と演技力を持ち合わせた人材は他に誰がいるんだろう、と本気で考えてしまいました。この先もハリウッド映画を支えてくれる存在になってくれたら、とさえ思いました。

「え、本当に映画初主演なの?」と思うほど、自然体で完璧な演技をしています!

ひょっとしたら、これが本来のレディー・ガガの姿に近いのかもしれません。

また主演男優のブラッドリー・クーパーですが、これまで「世界にひとつのプレイブック」「アメリカン・ハッスル」「アメリカン・スナイパー」で3度もアカデミー賞にノミネートされているなど演技力は十分すぎるほど分かっていたつもりでしたが、冒頭のライブシーンの時でも気付かず、その後の車のシーンで「あれ、ひょっとしてこれがブラッドリー・クーパー?」と気付くくらいに、アーティストになりきっていました。

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想像以上に歌も上手くレディー・ガガにも引けを取らない感じでした。

ブラッドリー・クーパーは本作では主演男優だけでなく、初めて監督も務めています。

見る前は正直「まだ早いのでは」と思っていましたが、そんな余計な心配をすぐに打ち砕くほどの手慣れた演出で、ポテンシャル的には「クリント・イーストウッドの後継者的な存在は、このブラッドリー・クーパーなのでは?」と思うくらいのクオリティーでした。

本作においてブラッドリー・クーパーは、監督のセンスに加え音楽のセンスまで、突然変異のように才能を開花させたのですが、やはり稀有な才能を持つレディー・ガガとの想像以上の化学反応の結果も大きかったのでは、と思います。

おそらくアカデミー賞では、「作品賞」「監督賞」「主演女優賞」「主演男優賞」「助演男優賞」などの主要部門でのノミネートが予想されます。

さらに、この映画の大事な核となる「シャロウ ~『アリー/ スター誕生』 愛のうた」というメインの楽曲は、いろんなシーンで歌われているので、実際に映画を見た後では、感じ方が変わってくると思います。

ちなみにアメリカで2019年2月10日(日本時間では2月11日)に行われる“音楽のアカデミー賞”というべき「グラミー賞」で、この「シャロウ 〜『アリー/ スター誕生』 愛のうた」は「年間最優秀レコード賞」「年間最優秀楽曲賞」「最優秀ポップ・パフォーマンス賞(グループ/デュオ)」など4部門でノミネートされています!

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また、最後の「アイル・ネヴァー・ラヴ・アゲイン」という楽曲は、歌が生まれた背景や、歌われる背景が非常に深いので、2回目、3回目と見れば見るほど、心に響く度合いが大きくなっていくような意味合いがあります。

ボヘミアン・ラプソディ」のラストで思わず涙が出る現象と、ある意味で同じくらいの深みがあるのです。

ひょっとしたらアカデミー賞では、この楽曲もメインの「シャロウ ~『アリー/ スター誕生』 愛のうた」とともにWノミネートもあるのでは、と思うくらいの名曲だと思います。

さて、この「アリー スター誕生」は、「ボヘミアン・ラプソディ」の存在がなければ興行収入は15~20億円規模だったのかもしれませんが、本格的な「音楽映画」の素晴らしさが浸透してきている今の日本では30億円規模も夢ではない気がします。

ボヘミアン・ラプソディ」や「ドラゴンボール超 ブロリー」は、ある意味でエンターテインメントに徹し切っている作品です。一方「アリー スター誕生」には本物の「音楽」の力と、アカデミー賞レベルの本格的な「映画」の力があるので、日本でももっと「音楽映画」の可能性を広げてくれることを期待したいです。

筆者紹介

細野真宏のコラム

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。

首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。

発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!

Twitter:@masahi_hosono

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