コラム:映画食べ歩き日記 - 第7回
2020年12月28日更新
「リトル・ミス・サンシャイン」「タクシードライバー」…映画ファンに捧げる“シネマごはん” 続・アメリカンダイナー編!
日々の“おうちごはん”に寄り添ってくれる映画をセレクトする“シネマごはん”企画。今回は「続・アメリカンダイナー編」と題して、映画ファン憧れの存在である、アメリカンダイナーやカフェが登場する映画5本を新たに紹介します(コラム第1弾はこちら)。なかなか“食べ歩き”ができない状況ですが、映画と一緒にごはんを充実させてみるのはいかがでしょうか。
そもそもアメリカンダイナーとは、朝から晩まで、いつでも食欲を満たしてくれる食堂のような場所。店内はレトロでポップな、気取らない雰囲気に満ちています。比較的リーズナブルな値段で提供されるジャンクでアメリカンなメニューが、これまたおいしそうなものばかり。ハンバーガー、フライドポテト、サンドイッチ、ホットドッグ、フライドチキン、ワッフル、パンケーキ……アップルパイやサンデーなどのデザートも充実しています。名前を書き連ねるだけで、胸も胃袋も踊り出しそう。映画で様々なドラマが繰り広げられてきたアメリカンダイナーに行き、真っ赤なふかふかのソファ席に座って、思う存分食べまくりたい! では早速、そんな夢を疑似体験できるアメリカンダイナー映画の1本目に参りましょう。
▽「マイ・ブルーベリー・ナイツ」
まずは、魅惑的なブルーベリーパイを映したタイトルロールで、いきなり空腹を刺激してくる「マイ・ブルーベリー・ナイツ」。「恋する惑星」「ブエノスアイレス」のウォン・カーウァイ監督初の英語劇で、歌手のノラ・ジョーンズが映画主演デビューを飾り、ジュード・ロウ、ナタリー・ポートマン、レイチェル・ワイズら豪華キャストが共演しています。
本作の冒頭、カフェ「クルーチ(ロシア語で鍵という意味)」のオーナー・ジェレミー(ロウ)の元に、店に来客している男を探して、女性からある電話が。「客は名前でなく、注文で覚えてる」というジェレミーは、「ミートローフ(を注文する人)? 付け合わせはマッシュポテト? それともチーズフライ、ポーチド・エッグ、オニオンリング?」と早口で聞き返します(バリエーションも豊富!)。そして、ミートローフ好きの男を訪ねて、エリザベス(ジョーンズ)がやってきます。
やがてジェレミーの話から、恋人に新しい女性がいると分かり、落胆するエリザベス。失恋した彼女の心を癒すのは、ジェレミーが焼くブルーベリーパイです。チーズケーキとアップルパイは毎日売り切れ、ピーチ・コブラーとチョコレート・ムースもほぼ売れるけれど、手つかずで残ってしまうブルーベリーパイ。誰からも選ばれなかったパイを放っておけず、エリザベスはアイスと一緒に食べ始めます(ケーキ×アイス、最強コンボです)。閉店後の時間、一緒にケーキを食べ、話を聞き、キッチンの隅で膝を抱えて泣くエリザベスに寄り添うジェレミーの優しさは、甘い甘いブルーベリーパイのようです。ちなみに、「何か嫌なことがあると、甘いものを食べる」という筆者の行動様式も、知らず知らずのうちに映画から学んでいたもののような気がします。
▽「(500)日のサマー」
ジョセフ・ゴードン=レビットとズーイー・デシャネルが共演した、500日にわたるビタースイートなボーイ・ミーツ・ガールの物語。建築家を夢見ながらもグリーティングカード会社で働くトム(ゴードン=レビット)は、社長秘書として入社してきたサマー(デシャネル)に一目ぼれ。運命の恋を信じるトムは果敢にアタックし、遂にふたりは結ばれます。何もかもうまくいくと思われた矢先、トムはサマーから思いがけないことを告げられ……。
恋と友情の間に横たわるグレーゾーンを行き来する男女を通して、「これって、どんな関係なの?」という永遠に解き明かされない謎をたっぷりと提示した本作。恋のパワーを表現したディズニー顔負けのミュージカルシーン、ふたりの関係の浮き沈みを伝える時間軸の並べ替え、輝かしい理想と惨めな現実を同時に見せる分割画面など、多彩な演出を交えながら、すれ違う男女が描かれます。
映画館で「卒業(1967)」を見たり、IKEAではしゃいだり、レコードショップで買い物したり……心躍るデートシーンが印象的。しかしアメリカンダイナーでは、トムを大いに落ちこませる出来事が起こります。関係は良好と思っていたサマーから突然、「会うのをやめましょう」と告げられたのです。その後も話し合いはこじれ、気まずいふたりの間にはパンケーキが到着し、サマーは「このパンケーキ、大好き」と食べ始めてしまいます。ソーセージが添えられており、「甘い」と「しょっぱい」どちらも楽しめるプレートのようです。耐えきれず立ち去ろうとするトムに、サマーは「行かないで。あなたは私の1番の友達よ」ととどめを刺し……。パンケーキどころじゃないけれどパンケーキが最高においしそうな、ほろ苦いシーンになっています。
▽「タクシードライバー」
続いては、マーティン・スコセッシ監督とロバート・デ・ニーロというゴールデンコンビによる、第29回カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドール受賞作。ベトナム帰還兵で、孤独なタクシードライバー・トラビス(デ・ニーロ)の姿を通して、ニューヨークの闇をあぶり出しました。タクシーで夜の街を走り回るうちに、麻薬や売春が横行する社会に嫌悪感を募らせていくトラビス。やがて密売人から銃を手に入れ、自らの肉体を鍛え始めたトラビスの胸中に、ある過激な計画が湧き上がります。
劇中でトラビスは、ふたりの女性に出会います。ひとりは、大統領候補パランタインの選挙事務所で働く美女ベッツィ(シビル・シェパード)。事務所に突撃し、彼女をデートに誘うことに成功したトラビスは、ダイナーへと向かいます。トラビスはチーズをかけたパイ、ベッツィはフルーツサラダを注文。住む世界も立場も違うふたりですが、コーヒーを飲みながら、お互いに通じ合う部分があることに気付き、仲を深めていきます。
そしてもうひとりは、14歳の売春婦アイリス(ジョディ・フォスター)。夜の街で何度もアイリスを見かけ、気にかけていたトラビスは、彼女と昼のダイナーで待ち合わせ。大人びた雰囲気で、いつも勝ち気なアイリスですが、トーストに真っ赤なジャムをはみ出すほど塗りたくり、その上から砂糖を山盛り振りかける姿が、彼女がまだ14歳であることを思い起こさせてくれます。そんな悪魔的カロリーにまみれたトーストにかじりつく、当時13歳のフォスターがとにかくかわいい! そしてトースト関連で気になるのは、トラビスが自室で食べているもの。ちぎったトーストにウィスキーと砂糖をかけています。スプーンで一心にすくって食べるトラビスの表情からは何も読み取れませんが、トーストにウィスキーの組み合わせ、一度試してみる価値はあるかもしれません。
▽「リトル・ミス・サンシャイン」
2006年のサンダンス映画祭で絶賛を浴び、第79回アカデミー賞で助演男優賞(アラン・アーキン)と脚本賞に輝いた、“落ちこぼれ家族”の再生の物語。田舎町アリゾナに住む少女オリーブ(アビゲイル・ブレスリン)は、全米美少女コンテストの地区代表に選ばれ大喜び。オリーブと家族は黄色いおんぼろワゴン車に乗りこみ、大会が行われるカリフォルニアを目指します。
オリーブを取り巻くのは、ダメダメだけれど、どこか憎めない家族たち。人生の勝ち組になるため「9段階プログラム」を提唱する父(グレッグ・キニア)、家族に振り回されっぱなしの母(トニ・コレット)、ニーチェを尊敬し沈黙を貫く兄(ポール・ダノ)、自殺未遂を起こしたゲイの叔父(スティーブ・カレル)、ヘロイン吸引が原因で老人ホームを追い出された祖父(アーキン)……。そんな超!個性的なメンバーによるロードトリップが順調に進むわけもなく、様々なトラブルに見舞われながらも、少しずつ家族の結びつきを強めていきます。
長旅の途中、腹ごしらえのために立ち寄るのがアメリカンダイナー。すらすらと注文していく家族の中で、母から「4ドル以内」という条件を出されたオリーブは、悩みに悩んだ末にワッフルと“ア・ラ・モード”(アイスクリーム)を注文します。しかし、父に「アイスを腹いっぱい食べると太る」と言われ、悲しそうな表情でアイスを我慢……するかと思いきや、超ビッグサイズのチョコレートアイスを一斉に食べ始めた家族を見て、「待って! 食べちゃだめ!」とパクリ。目の前に出てきたおいしいものを我慢するなんて、絶対に無理……健全ではないのです!
後にミスコン出場の不安を訴えるオリーブに、おじいちゃんは「“負け犬”の意味を知ってるか? 負けるのが怖くて挑戦しない奴らのことだ。お前は違うだろ」と声をかけます。このシーンで筆者は必ず号泣しながら、「これからもおいしそうなものには絶対に挑戦して完食するね!」と間違った(!?)啓示を受けています。
▽「グッドフェローズ」
最後は、再びスコセッシ監督とデ・ニーロのタッグ作。ニコラス・ピレッジのノンフィクションを基に、“グッドフェローズ”と呼ばれるギャングたちの生き様を描きました。ニューヨークの下町ブルックリンで生まれたヘンリー(レイ・リオッタ)は、幼い頃からマフィアに憧れて育ちます。地元を牛耳るポーリー(ポール・ソルビノ)の下で働き始めた彼は、兄貴分のジミー(デ・ニーロ)や野心旺盛なトミー(ジョー・ペシ)らとともに、暴力と犯罪に明け暮れます。そして1978年、一味はケネディ国際空港を襲撃し、600万ドルの強奪に成功。FBIの捜査の手が迫るなか、ジミーらは口封じのため、事件の関係者を次々と殺害していきます。
物語の終盤で、麻薬がらみで逮捕され、出所したばかりのヘンリーはジミーに呼び出されます。ヘンリーいわく、「殺し屋は親しげにほほえみながら現れる」。命を狙われる立場にあり、警戒度マックスのヘンリーが指定したのは、客が多いアメリカンダイナー。人の出入りが把握できる窓際の席で、ふたりは話し合います。仲間だったジミーに殺されるのではないかと怯えるヘンリー、そして警察での密告を疑うジミー。眼鏡越しに相手をじっと見つめるジミーの眼差しが、何とも言えない“得体の知れなさ”を醸し出しています。ダイナーで銃撃戦が勃発した「ベイビー・ドライバー」(コラム第1弾を参照)に負けず劣らず、緊張感のあるダイナーシーンに仕上がっているのです。
2回にわたってお送りしてきたアメリカンダイナー特集、いかがだったでしょうか。映画の中で様々なドラマが生まれ、切っても切れない深い関係にある場所ともいえるアメリカンダイナー。映画ファンとして、いつか実際に訪れてみたいものですね。