コラム:映画食べ歩き日記 - 第6回
2020年8月25日更新
「パルプ・フィクション」「ベイビー・ドライバー」「ムーンライト」…映画ファンに捧げる“シネマごはん”アメリカンダイナー編!
日々の“おうちごはん”に寄り添ってくれる映画をセレクトする“シネマごはん”企画。第2弾は「アメリカンダイナー編」と題して、映画ファン憧れの存在である、アメリカンダイナーが登場する映画5本を紹介します。なかなか“食べ歩き”ができない状況ですが、映画と一緒にごはんを充実させるのはいかがでしょうか。(映画.com編集部/飛松優歩)
しばしば映画ファンの心をときめかせるアメリカンダイナーとは、朝から晩まで、いつでも食欲を満たしてくれる食堂のような場所。店内はレトロでポップな、気取らない雰囲気に満ちています。比較的リーズナブルな値段で提供されるジャンクでアメリカンなメニューが、これまたおいしそうなものばかり。ハンバーガー、フライドポテト、サンドイッチ、ホットドッグ、フライドチキン、ワッフル、パンケーキ……アップルパイやサンデーなどのデザートも充実しています。名前を書き連ねるだけで、ハイカロリーな食べ物たちに胸も胃袋も踊り出しそう。映画の中で様々なドラマが繰り広げられてきたアメリカンダイナーで、真っ赤なふかふかのソファ席に座って、思う存分食べまくりたい! では早速、そんな夢を疑似体験できるアメリカンダイナー映画の1本目に参りましょう。
▽「ベイビー・ドライバー」
最初は、音楽を聞き驚異的な運転テクニックを発揮する天才ドライバーを描いたエドガー・ライト監督作。アンセル・エルゴートが、犯罪者の逃走を手助けする「逃がし屋」をしているベイビーを演じました。ベイビーのiPodに入った珠玉のプレイリストにのせ繰り広げられる、スタイリッシュなカーチェイスやアクションが見どころです。
そんなベイビーに犯罪組織から足を洗おうと決意させるのが、リリー・ジェームズ扮する運命の女性デボラ。彼女の職場であり、ふたりが初めて出会う場所が、アメリカンダイナーなのです。赤色のボックス席が印象的なクラシカルな店内を、ウェイトレス制服姿で軽やかに歩くデボラが最高にキュート! その後、距離を縮めたふたりはイヤフォンを半分こにしてコインランドリーでもデートします。恋の力が、ありふれた場所を特別にしてくれるのです。
24時間営業で、様々な立場の人々をあたたかく迎え入れるのがアメリカンダイナー。ベイビーと仕事をする殺し屋のバッツ(ジェイミー・フォックス)、バディ&ダーリン(ジョン・ハム、エイザ・ゴンザレス)も揃ってダイナーを訪れ、コーラを注文。やがてある事件が起こり、店内ではスリリングな銃撃戦も勃発! 「ベイビー・ドライバー」は、アメリカンダイナー映画の決定版と言っても過言ではないのです。
▽「ムーンライト」
第89回アカデミー賞で作品賞、脚色賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)の3部門を受賞したヒューマンドラマ。貧困地域で暮らす内気な少年シャロンは、学校ではいじめられ、家庭では麻薬常習者の母親ポーラ(ナオミ・ハリス)から育児放棄されていました。そんなシャロンに優しく接してくれるのは、近所に住む麻薬ディーラーのフアン夫妻(アリ、ジャネール・モネイ)と、唯一の男友達であるケヴィンだけ。やがてシャロンは、ケヴィンに対して友情以上の思いを抱くようになりますが、自分が暮らすコミュニティではこの感情が決して受け入れてもらえないことに気付き、孤独を募らせていきます。
アメリカンダイナーで始まり、アメリカンダイナーで終わる本作。冒頭でフアンは、いじめっ子たちに追われ、建物の中に逃げこんだシャロンを発見します。「今から何か食いに行く。お前も来ないか?」――フアンがシャロンにかける言葉が優し過ぎて、この時点で落涙寸前……。穏やかな音楽が流れるダイナーでは、何も話さず、ひたすら食事を口に運び続けるシャロンを、フアンが優しく見守ります。怯えて、疲れ切った時に食べさせてもらうごはんは、どんな味がするのでしょうか。
マイアミを舞台に、自分の居場所とアイデンティティを模索するシャロンの成長が、少年期、ティーンエイジャー期、成人期の3つの時代構成で描き出されます。物語も終盤に差し掛かり、たくましく成長したシャロンは、ある事件により疎遠になっていたケヴィンに会うため、彼が料理人として働くダイナーを訪れます。ジュークボックスが設置され、ランプのあたたかい光に包まれた店内。あまりの懐かしさに言葉を失うふたりがお互いの顔を見つめる瞬間が美しく、親密な会話に心が満たされていきます。「俺の料理を食わせる」というケヴィンが作る“シェフズ・スペシャル”は、おいしそうなソースがかかった鶏肉のグリルに、ブラックビーンズとライスが添えられたキューバのワンプレート料理。調理シーンもたっぷりと挿入されているため、おなかが空くこと間違いなし! ワインを酌み交わしながら、語ろうにも語り尽くせないほどの思いがこみ上げるふたりに、胸が熱くなります。
▽「世界にひとつのプレイブック」
ブラッドリー・クーパーとジェニファー・ローレンスが共演した、最愛の人を失い心に傷を負った男女の“再生”の物語。第85回アカデミー賞で作品、監督、脚色、主演・助演男女と、主要部門すべてでノミネートされ、ローレンスが主演女優賞に輝きました。妻の浮気が原因で心のバランスを崩したパット(クーパー)は、仕事も家も失い、人生のどん底に。いつか妻とよりを戻そうと奮闘していたある日、事故で夫を亡くした女性ティファニー(ローレンス)と出会います。
ホームパーティで知り合い、ランニング中にも遭遇したパット&ティファニーは、誤解や諍いがありながらも、ハロウィンの夜にダイナーで“デート”をすることに。ラフな服装のパットとは対照的に、セクシーな黒のワンピースで登場したティファニー。しかし、妻を思い続けているパットは「(周囲から)デートに見えないように」という理由で、牛乳をたっぷりとかけたレーズン・ブラン(シリアル)をザクザク食べ始めます(呆れながらも、一口味見するティファニーにも注目)。ふたりが初めて、お互いの過去や苦しみをさらけ出す印象的なシーンです。
▽「バッファロー'66」
刑務所帰りの男とゆきずりの少女の奇妙な恋愛を、エキセントリックな演出で描く異色のラブストーリー。主演、脚本、音楽を兼任したビンセント・ギャロが映画監督デビューを飾り、クリスティーナ・リッチがヒロイン役を務めました。物語の主人公は、5年の服役を経て刑務所から釈放されたビリー・ブラウン(ギャロ)。彼は両親に、姿を見せなかった“空白の時間”は政府の仕事に関わっていたためであり、現在は裕福で妻もいると偽りの話を聞かせていました。このまま家に帰るわけにはいかないビリーは、途中で立ち寄ったダンス・スクールの少女レイラ(リッチ)を拉致し、妻として実家へと連れていきます。やがてふたりの間には絆が芽生え始めますが、ビリーには果たさなければならない復讐がありました。リッチのボウリング場でのタップダンスが、あまりにも有名です。
ビリー&レイラが逃避行の途中で立ち寄るのは、あの「デニーズ」。「ココアを飲まない?」というレイラの提案で、デニーズの煌々と光る看板を目指すビリー。それぞれの事情や背景を抱えて人々が集まる深夜のダイナーは、様々なロマンを秘めた場所ですが、ふたり以上に風変わりで切迫したドラマには、なかなか出会えないかもしれません。息が白くなるほどの寒い夜、念願の“熱々ココア”を頼んだレイラでしたが、ココアが来る前にビリーと大ゲンカし、ビリーはそのまま店を出てしまいます。しかし、考えを改めたビリーが戻ると、机の端にちょこんと座り、うつむきながらマグカップを握るレイラの姿が。甘いものが大好きなレイラのため、最後にビリーがドーナッツ店で買いこむビッグサイズのココアと、ハート形のクッキーにも注目です。
▽「パルプ・フィクション」
クエンティン・タランティーノ監督が、3つのエピソードが交錯する斬新なスタイルで紡いだクライムドラマ。ギャングのビンセント(ジョン・トラボルタ)とジュールス(サミュエル・L・ジャクソン)は組織を裏切った青年の家を訪れ、盗まれたトランクを取り返します。また、ボスから愛妻ミア(ユマ・サーマン)の世話を頼まれたビンセントは、彼女とふたりで夜の街へ繰り出しますが、帰り際にミアが薬物を過剰摂取し昏睡状態に陥ってしまいます。
劇中には2つのダイナーが登場。ひとつは、パンプキン&ハニーバニーが強盗目的で襲うダイナー。そしてもうひとつは、ミア&ビンセントが立ち寄るダイナーです。車を模した座席の周囲には、クラシック映画のポスターが貼られ、マリリン・モンローやジェームズ・ディーンらセレブの姿を真似したスタッフが働いているユニークな空間。ビンセントは「ダグラス・サーク・ステーキ」とバニラコーク、ミアは「ダーワード・カービイ・バーガー」と“5ドルのシェイク”を注文します(いずれも著名人の名前がつけられたメニュー)。カラフルなメニューを眺めながら、何を頼もうか考える時間は、最高にワクワクしますよね。
やがて運ばれてきた、サクランボがちょこんとのったバニラシェイクを最高においしそうな表情で飲むミア。観客にかわりビンセントが「5ドルのシェイクってどんな味がするんだ?」と聞き、味見してくれます(感想は、5ドルも納得のおいしさとのこと)。すっかりおなかを満たしたふたりのツイストシーンも必見です。
この他にも、アメリカンダイナーが登場する映画はまだまだたくさんあります。次回も「続・アメリカンダイナー映画編」と題した記事をお送りする予定ですので、更新をお楽しみに。