コラム:映画館では見られない傑作・配信中! - 第14回
2020年5月28日更新
“多様性”と“ボーダーレス”を意識するNetflixの地味ながら個性的な話題の新作2本
映画評論家・プロデューサーの江戸木純氏が、今や商業的にも批評的にも絶対に無視できない存在となった配信映像作品にスポットを当ててご紹介します!
Netflixで配信される映画やドラマの特徴であり、大きな強みのひとつになっているのがその“多様性”と“ボーダーレス”。国籍、人種、性別、宗教など、Netflixが作品作りにおいて、かなり意識的かつ戦略的にマイノリティにも目を向け、さまざまな壁を取り払おうとしていることは、作品のラインナップを見れば明らかだ。
5月に配信開始された話題のオリジナル映画の新作2本「ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから」と「ラブバード」を見てもそれは顕著である。
「ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから」は、アメリカの田舎町に住む中国系で同性愛者の女子高生が主人公の決して派手ではない青春映画。「ラブバード」はニューオーリンズを舞台にしたパキスタン系とアフリカ系のカップルが繰り広げるブラックでナンセンスなドタバタ・コメディ。映画の出来不出来の前に、従来の日本における外国映画の輸入配給の常識からすると、劇場公開はおろか未公開でのビデオ発売も難しく、なかなか字幕つきで見ることのできなかったタイプの作品だ。
だが、Netflixは世界規模でこうした、今までの各々の市場受けする作品だけを消費していた映画ビジネスでは、陽が当たりにくかったマイノリティを主人公やテーマにした作品に戦略的に出資、買い付けを行い、堂々と世界同時配信している。
Netflixの成功はそのビジネス戦略で語られがちだが、実はこの“多様性”と“ボーダーレス”を意識したソフト戦術も、既存のハリウッド・スタジオはじめ世界各国の大手映画会社には真似のできない柔軟性と先見性で、確実に世界の映画と映画界を変えている。一見地味だったり、一覧の写真だけでは内容がわからなかったり、よく知らない国の製作だったり、大作や話題作に隠れた多くの作品のなかに、実はNetflixの真の凄さが隠れている。
「ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから」の素晴らしさは、すでに多くの媒体やSNS等で語られているのでここではさらりと触れるだけに留めたいが、同作は年末から来年にかけての賞レースでも確実に話題となることが予想されるNetflixオリジナル映画史上屈指の傑作といえる。
ラブレターの代筆をめぐる「シラノ・ド・ベルジュラック」的三角関係のラブストーリーを基本に、哲学、文学、映画など、文系オタクの心をくすぐるマニアックな引用の数々をちりばめながら、切なくも爽やかに繰り広げられる青春ドラマ。映画ネタとしては、登場人物たちが見たり、語ったりする作品に「カサブランカ」、「ベルリン・天使の詩」、「フィラデルフィア物語」、「街の灯」、「ヒズ・ガール・フライデー」、さらに韓国映画「悪魔を見た」をボリウッドが非公式リメイクした怪作「EK VILLAIN(映画祭公開題名「野獣一匹」)」まで登場。主人公の父親を演じるのは、「導火線 FLASH POINT」などでドニー・イェンと激闘を繰り広げたサモ・ハン・スタントチーム出身の香港アクションスター、コリン・チョウ。「マトリックス リローデッド」などハリウッド進出も果たしている彼がアクションを封印して渋い演技を見せるなど、映画ファン必見の1本となっている。
一方、「ラブバード」は、アマゾン・スタジオ製作の主演作「ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ」(アマゾン・プライムで配信中)でアカデミー賞脚本賞にノミネートされるなど高い評価を受けたパキスタン系コメディアン、クメイル・ナンジアニと、同作の監督マイケル・シュウォーターが再びコンビを組んだ話題作。ヒロインがアマゾン・オリジナル・シリーズのコメディ「インセキュア」の企画・主演を務めるアフリカ系女優イッサ・レイというのも注目のポイントだ。この作品はパラマウントの製作・配給で3月に全米劇場公開されるはずだったが、コロナ禍による全米中の映画館の休館を受けてパラマウントがNetflixに権利を売却し、5月22日に世界同時配信となった。
というわけで個人的に大期待の1本だったのだが、これがなかなか一筋縄ではいかない怪作だった。
テレビのドキュメンタリー番組の製作者ジブラン(ナンジアニ)と妻のレイラニ(レイ)は、一日中口論が絶えず破局寸前のカップル。ふたりは友人宅でのパーティに向かう車内でも口論を続け、誤って自転車の男と接触してしまう。自転車の男は大丈夫と言ってその場を去るが、そこに刑事らしき男が現れて彼らの車に乗り込むと、自ら運転して自転車の男を追い、明らかな殺意を持って自転車男を轢き殺し、姿を消してしまう。犯人にされることを恐れたジブランとレイラニはその場から逃げ出すが、自分たちが殺人犯でないことを証明するためには、自ら事件を解決するしかない。ふたりは自転車男が残したスマホを手がかりに、関係者を探っていく。やがて、事件の背後にある秘密結社の存在が明らかになる……。
毒舌マシンガン・トークで畳み掛ける夫婦喧嘩バトルに、ヒッチコック的巻き込まれ型サスペンスアクションを加え、ナンセンスでスラップスティックな笑いをちりばめた犯罪コメディ。見所は当然ナンジアニとレイの軽快なケミストリーとなるはずなのだが、これがどうもうまく噛み合わない。
むさ苦しいひげ面のナンジアニは、「ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ」のときのような爽やかさは微塵もなく、とにかくよくしゃべる。ウッディ・アレンの自虐トークをさらに鬱陶しく、妙に重苦しくしたような無駄話の連打はナンジアニの特徴であり、魅力でもあるはずだが、どうにもスカッと笑えないのだ。対するレイもヒステリックなだけの捻りのない対応で真正面から返し、身勝手な自己主張が延々とぶつかるだけなので、見ている方がしだいに疲弊してしまう。ある意味、これがアメリカの夫婦喧嘩のリアルなのかもしれず、アメリカのユーザーには十分笑えて楽しめる作品なのかもしれないが、韓国ドラマの寡黙で不言実行タイプのヒーローが大人気の今の日本で、この騒々しい言い争いを全面的に楽しめる層はあまりいないだろう。
行き当たりばったりの展開の果てに訪れる締りのないクライマックスまで、新味ある展開は見当たらず、サスペンスが特に盛り上がるわけでもないので、このカップルに好感がもてないと、ラストまでかなり居心地のわるい時間となってしまう。「ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ」で案外心を揺さぶってくれたシュウォーターの演出にもまるで切れがなく、感情移入できる登場人物がほとんど出てこない。敵役や悪役に、作品の重石となる名優、怪優が出演しないもの弱く、オチとなる秘密結社への突っ込みもあまりに浅い……と、正直ちょっと残念な出来といえる。
それでも、この自己中心的なカップルが言いたい放題しゃべりまくる身勝手コメディは、アメリカの男女関係をちょっと誇張しつつもリアルに描いた、日本では今までなかなかまともに見ることができなかった、アメリカンコメディの最前線ではある。その意味でも、やはりこれが貴重な視聴体験なのは間違いない。一言も二言も多い、ナンジアニ流トークにちょっとうんざりしながらも、ぜひこの毒入り珍味を味わってみてはどうだろう。
日本人にはなかなか理解しにくい作品も含め、世界各国の“笑い”の今を見られるのもNetflixの魅力である。
筆者紹介
江戸木純(えどき・じゅん)。1962年東京生まれ。映画評論家、プロデューサー。執筆の傍ら「ムトゥ 踊るマハラジャ」「ロッタちゃん はじめてのおつかい」「処刑人」など既存の配給会社が扱わない知られざる映画を配給。「王様の漢方」「丹下左膳・百万両の壺」では製作、脚本を手掛けた。著書に「龍教聖典・世界ブルース・リー宣言」などがある。「週刊現代」「VOGUE JAPAN」に連載中。
Twitter:@EdokiJun/Website:http://www.eden-entertainment.jp/