コラム:若林ゆり 舞台.com - 第25回
2015年3月5日更新
第25回:シェイクスピアのラブコメ「十二夜」で恋する双子の兄妹を演じる元男役・音月桂は超適役!
数あるシェイクスピア作品の中でも、「十二夜」が最高に楽しく親しみやすいコメディであることに異論のある人はいないだろう。あの映画「恋におちたシェイクスピア」のなかで若きシェイクスピアが恋におちた結果、書くことになる作品。映画ならトレバー・ナン監督の96年版「十二夜」がよくできているし、日本でも蜷川幸雄演出・尾上菊之助主演の「NINAGAWA十二夜」などなど、ひっきりなしに上演されている人気演目だ。この「十二夜」にまた、新たな決定版が生まれようとしている!
今回の「十二夜」を演出するのは、ミュージカル「レ・ミゼラブル」や松たか子主演の「ジェーン・エア」など日本での活躍がめざましく、イギリスではロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの名誉アソシエイト・ディレクターを務めるジョン・ケアード。そして生き別れになった双子の兄妹セバスチャン&ヴァイオラ、それにヴァイオラが男装してなりすました小姓シザーリオという1人2.5役で主演するのが、華と実力を兼ね備えた元宝塚トップスター・音月桂という理想的な布陣なのだ。これは期待せずにいられない。というわけで、稽古まっただ中の音月に話を聞いた。
「シェイクスピアってすごい才能をもっていたんだなあって、台詞を言っていて毎日本当に思うんです。この作品は400年以上前に初演された作品なんですけど、変わらないんだなって思うんですよ、人間の愛の形って。好きな気持ちを抑えているときのせつなさとか、思い切って言おうかって逡巡している気持ちに、すごく共感できるんです。喜劇といってもそんなに『笑わせてやろう』みたいな感じではなくて、『人間あるある』じゃないですけど(笑)、一途な人たちが人間らしく生きているなかで、自ずと『ププッ』って笑えたりするという喜劇なんですよね」
その場をパッと明るくするような、クルクルとよく変わる表情でシェイクスピアの魅力を語ってくれる音月。この戯曲の面白さは、言葉遊びや人間の本質をとらえていることに加えて、喜劇の基本である“勘違い”の滑稽さにもある。ドリフや三谷幸喜の喜劇にも通じる、ウソがウソを呼びややこしいことに、という構図。本作の場合はヒロインの男装がカギなだけに、元男役が兄妹2役を演じることは大きな魅力だ。
「ハードルが高いなーと感じてドキドキしているんです」と笑う音月は、2012年12月に宝塚を退団。女優として舞台に立つのは(朗読劇やゲストを除けば)まだ2度目だという。「男役とはまた違うとはいえ、こんなに早く男役の経験を生かせる役に出合えるなんてありがたいです。宝塚時代をご存じの方は『また男役をやるのね』と思ってくださっていると思うんですが、そういう期待に応えたいというのと、いい意味で裏切りたいという気持ちがすごくあって。プレッシャーです(笑)」
もともと男役としては小柄で、男らしさより中性的な少年っぽさが持ち味だった。元男役女優には、女性として舞台に存在するための“リハビリ”が必要だとよく言われるが、目の前の音月には“男役臭”のようなものが一切ない。びっくりするほど可憐でチャーミングな風情は、恋する乙女のヴァイオラにこそぴったり、と思わせるのだ。音月に限って、宝塚女優につきものの“リハビリ”なんて必要なかったのでは?
「いやー、ありましたよ! しぐさとか歩幅とか、そういうところに男役のクセが出てしまうんです。今回演じるヴァイオラは上品で頭の回転が速く、ジョンがよく言うんですけど“思慮深い”人。私はかなり違うからなあ(笑)。どちらかというと私はお兄さんのセバスチャンに似ていますね。ちょっとワイルドで、やんちゃなところはあるけどグイグイ行くぞってほうが、私自身には合っているのかも。そのへんは、ヴァイオラを演じることで変わっていくはずだと期待していますけど(笑)」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka