コラム:若林ゆり 舞台.com - 第24回
2015年2月3日更新
第24回:インド映画の世界を舞台にしたマサラ・ミュージカル「ボンベイドリームス」は楽しくて深い!
インド映画、それもボリウッド映画といえば、豪華絢爛なミュージカルシーン。最近ではそればかりではなく新しいタイプの作品も多くなってきているとはいうものの、あれがないと物足りない、という人も多いはず。それにあの独特のノリ、舞台ミュージカルとして見てみたい! そう思ったのは私だけではなかった。「オペラ座の怪人」の巨匠、アンドリュー・ロイド=ウェバーがそう思ったのはもう20年近く前のこと。日本にも一大ブームを巻き起こした「ムトゥ 踊るマハラジャ」や「ボンベイ」などを作曲し、「スラムドッグ$ミリオネア」ではアカデミー賞に輝いた“インドのモーツァルト”、A・R・ラフマーンに惚れ込み、プロデュースしたミュージカルが「ボンベイドリームス」だ。インド系移民も多く、パブなどでもインド映画が親しまれているロンドンでは2002年に開幕し、もちろん大ヒット。2年後にはブロードウェイでも上演されたこの作品が、やっと日本に上陸する!
というわけで今回の演出を担当する、宝塚出身の劇作家・演出家、荻田浩一を稽古場で直撃。この作品のオリジナルキャスト盤CDが昔からお気に入りで、よく聴いていたという荻田は、インド映画にもかなり詳しい。「日本でインド映画が盛り上がって認知されたのは、やはり『ムトゥ 踊るマハラジャ』(98)ですよね。ああいう、ダンスがあって歌があって、豪快なストーリー展開をしていくインド映画って強烈な印象だったと思います。でもその後、好きな人は好きなんでしょうけれど全体のブームは落ち着いちゃった感じがしていました。それがまたここへ来て、『きっと、うまくいく』だとか『マダム・イン・ニューヨーク』のように、いままでのインド映画とは違う現代的なインド映画がどんどん出てきて。まだ始まっていないのでどうなるかわかりませんが、インド映画に対してお客様も造詣が深まって、多様性も感じられている中で上演できるのはありがたいなと思います」
「ボンベイドリームス」はざっくり言えば、スラム街出身の青年アカーシュがボリウッド映画界でスターになるという物語。だが、それだけでは終わらない。スターになることで、彼は大切なものを失いながら成長していく。派手で過剰でお約束てんこ盛りというマサラムービーのパロディ的な爆笑要素も満載だが、複雑な格差社会の光と影もきっちり描き、古びていないのだ。
「インド人のスタッフによってロンドンで作られたこの作品を、日本人のスタッフ・キャストがそのまま上演しても違和感が出てしまうでしょう」と荻田。その違和感をなくすために現実的な味を加えたら、2幕が意外な仕上がりになったのだという。「1幕は、インド映画そのもののパロディみたいにコテコテに作り上げられた世界。でも2幕では笑いや華やかさを少しはぎ取ってシンプルにしたら、無常感とか喪失感というような、やるせないドラマが残ったんです。だから、1幕が『ムトゥ』のころのインド映画で、2幕が新しい、現代のインド映画みたいな雰囲気になるのかな。たとえば『スラムドッグ$ミリオネア』や『サラーム・ボンベイ』で描かれたように、けっしてハッピーばかりではないインドの現実というものが物語の根底に組み込まれている。2幕ではインド映画の叙情性を感じていただけると思います」
主人公のアカーシュを演じるのは、荻田とは「アルジャーノンに花束を」や「蜘蛛女のキス」などで何度も組み、そのたびに高い評価を受けてきた浦井健治。荻田はこの役にぴったりだと太鼓判を押す。「東京とはいえ八王子の出身で、ちょっと素朴な感じだとか(笑)。野性味のあるところも。その大らかさと同時にある種の無常感というか、そういうものも持ち合わせている人なので。インドという国で厳しい現実に中に生きていて、空虚なものを抱えながらも懸命に生きているということを表現するにふさわしい特質を持っていると思いますね」
映画監督を志望しているヒロインにすみれ、大女優役に朝海ひかるというのも面白いキャスティングだ。「すみれさんはとてもクレバーな方。彼女が演じるプリヤは知的な野心を持っている人物です。すみれさんは楽しそうにほわほわやっていらっしゃるけれど芯がすごくあって、一生懸命な姿がプリヤとすごく重なる。リアリティあるプリヤだと思います。朝海さんは今回、ちょっと(『ヤッターマン』の)ドロンジョさま的な、(『ルパン三世』の)峰不二子的な(笑)キャラクターで。出番が多くはないんですが、出ては引っかき回してというのを非常に楽しんでくださって(笑)。肩の力を抜いて、インドの世界をほわほわと漂っていらっしゃいます」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka