コラム:若林ゆり 舞台.com - 第114回

2023年5月29日更新

若林ゆり 舞台.com

第114回:若手個性派・宮沢氷魚が舞台「パラサイト」で表現する泥臭いまでの人間味!

あの映画「パラサイト 半地下の家族」を舞台化!
あの映画「パラサイト 半地下の家族」を舞台化!

あの「パラサイト 半地下の家族」が舞台になる! ポン・ジュノ監督が手がけ2019年に公開されたこの韓国映画は、半地下で暮らす貧困一家が身分を偽って裕福な家庭に使用人として入り込み、寄生していくというストーリー。韓国の格差社会や差別というテーマを浮き彫りにしながら、家族の絆、その必死さが生むブラックなユーモア、そして思わぬどんでん返しで手に汗握るサスペンスを味わえる、ジャンルを超えた傑作だ。その驚きに満ちた面白さは世界に衝撃を与え、第72回カンヌ国際映画祭のパルムドール、第92回米アカデミー賞の作品賞ほか最多4部門など数々の賞に輝いた。これを日本で、「焼肉ドラゴン」の鄭義信が舞台化するというのだ。

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日本版「パラサイト」は1990年代の関西に舞台を移し、映画版に敬意を払いつつオリジナルの要素も盛り込んでいく。キャストがまた、思わず膝を打つような豪華布陣。映画でソン・ガンホが演じた半地下一家の父親・金田文平に古田新太。その息子・純平に宮沢氷魚。純平の妹・美姫に伊藤沙莉、文平の妻・福子に江口のりこ。裕福な永井家の慎太郎に山内圭哉、その妻の千代子には真木よう子。これが楽しみにせずにいられようか。なかでも注目は、映画「エゴイスト」「はざまに生きる、春」などで躍進めざましい宮沢。「豊饒の海」「ピサロ」など舞台でも存在感を示した彼が、今度はどんな顔を見せてくれるのか。稽古前の宮沢に話を聞いた。

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まずは、映画版の感想から聞いてみよう。

「初めて見た時は衝撃を受けました。韓国を舞台にしている上、韓国での格差社会問題をテーマにしているんですが、すごく共感できるところがたくさんあったんです。世界中の人が共感できる感情や問題を描いているからこそ世界中で評価され、いろんな映画賞をとったのだろうと思います。僕がとくに共感したのは、ギウ(今回の舞台版では純平)の長男としての意識です。僕も3人きょうだいの長男で、やはり長男である以上、家族をまとめる役割をいつも意識していましたし、自分がきょうだいを引っ張っていくんだっていう気持ちは子どもの頃からずっとあって。だからたぶんギウも、単に自分がお金を欲しいとか自分が幸せになるということよりも、家族の幸せを心の底から願っていたんだなと思うんですよね。裕福な人たちに寄生して甘い水だけすするというやり方は間違っているんだけど、その根底にある家族思いのところに、僕はすごく共感できます。それはこの舞台版でも共通するところで、日本版の純平にはもっと共感ポイントがありますね」

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鄭が日本版としてアダプトした今回の「パラサイト」は、日本ならではの問題を突きつけつつ、鄭らしいユーモアもいっぱい。

「映画の世界観を壊さずに、でも鄭さんの世界観をうまく融合しているなと思いました。映画にもところどころに笑いがあったんですが、僕が台本を読んで感じたのは、鄭さんならではの笑いのポイントがたくさん存在しているということ。その人間が感じる感情や波というものを、本当に見事に入れているなあという印象があります。それでいて、若干映画と違う展開もあるんです。映画を好きな人は、『次はこうなるだろうな』とある程度ストーリーの流れは想像がつくと思いますが、それを裏切っていく部分があって、そこが面白い。舞台だからこそできることもたくさんあるし、まあできないこともあるんですけど。でも、そういう部分での演出的な挑戦というか、スパイスはどんどん加わってくると思うんです。台本に書かれていることで実際やってみないとわからないこともあるので、鄭さんがいま描いている舞台上での世界観を、僕たちの力で可能にしたいなという思いがあります」

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演じる純平は、裕福な永井家に息子の家庭教師として雇われたことで、一家みんなの寄生を計画し、実行に移していく。何でも計画を立てて思い通りにことを進める策士でありながら、永井家の娘と「いつか結婚したい」と夢みる純なドリームボーイでもある。

「冷静になって考えたら、絶対不可能じゃないですか? ゆくゆくは結婚するつもりと言っても、すぐバレるに決まってるじゃないですか(笑)。籍を入れたら名前も家族のことも全部バレちゃうし。でも彼の中ではそこにまっすぐな思いがあるんですよね。そこから、自分の計画がうまく進んでいることに対してちょっと浮かれている部分も出てきて、どんどん貪欲になっていく。淡々と家庭教師として働いて、それ以上求めずにやっていけばある程度裕福に生活できたにもかかわらず、もっといい生活、もっと大きな夢を叶えたいと欲張って、結局空回りしてしまう。愚かだけどそのバイタリティ、何かを手に入れるために夢中になって頑張るというその思い、信念みたいなものは学べるところもあるんじゃないかなと思います。これまで『豊饒の海』にしても『ピサロ』にしても、舞台では神々しいような、どこか浮世離れした役を演じていたので、こんなに人間らしく泥臭い役は初めて。ギリギリの生活のなかで必死に生きている人間を表現したいと思っています。それがクリアできたとき、自分のなかで演じられる役の幅が広がってくると思うので」

貧困に苦しみ、必死でもがいている役というと、映画「エゴイスト」で演じた龍太にも通じるところがある。

「若干キャラクターのテイストは違うんです。純平の場合は結構言葉も汚いですし、妹をいじったり、結構意地悪な一面もある。そのへんは龍太にはないんですが、でも、生きるために一生懸命行動しているっていうところは近いものがありますので、経験が生きてくる部分もあるとは思います」

挑戦はまだまだある。宮沢にとって、笑いを呼ぶような演技もほとんど初めてだ。

「今回はコメディというわけではないし、笑いをとりにいくような演技が必要なわけじゃない。とはいえ笑ってもらわなきゃいけないし、コメディ経験のない僕にとってはいろいろ初めてです。僕たちが演じる金田家の日常のなかに、ところどころ笑えるところがあるという感じですね。作品としては重たいテーマを扱っているんですが、そこをちょっと軽くクスッと笑えるぐらいのニュアンスで描くのが、鄭さんの特別うまいところなんですよね。そのへんは鄭さんを信じて行ってみようと思っています。関西弁を話すのもまったく初めてです。純平という人物は物語の軸になっていて、純平が物語を進めていくという役割を担っていますので、僕ひとりじゃとてもできない。自分から共演者のみなさんにどんどん積極的にアプローチをして、学べるところは学び、助けていただけるところは助けていただければと思っています」

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筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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