津川雅彦
京都府出身。父親は俳優の沢村国太郎、母親は女優マキノ智子、母方の祖父は「日本映画の父」と呼ばれた映画製作者の牧野省三という芸能一家に育ち、兄の長門裕之も俳優として活躍。子役として映画に出演し、1956年の日活映画「狂った果実」で本格デビュー。58年に松竹に移籍するが、ヒット作に恵まれず、活動の場をTV界へと広げ、TVドラマ「必殺仕掛人」(72)の悪役では、それまでの正統派二枚目スターのイメージを覆した。その後、伊丹十三監督作品の常連として「マルサの女」(87)や「ミンボーの女」(92)などで活躍。「マキノ雅彦」名義で、「寝ずの番」(06)、「次郎長三国志」(08)、「旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ」(09)の3作品を監督した。近年の主な映画出演作に、「0.5ミリ」(14)、「後妻業の女」(16)など。06年に紫綬褒章、12年に旭日小綬章を受章した。私生活では73年に女優の朝丘雪路と結婚、一人娘の真由子も女優になった。18年8月、心不全のため78歳で死去した。