“特撮の神様”円谷英二、日本人初のVisual Effects Society殿堂入り!
2025年10月31日 15:30

「ウルトラマン」シリーズの円谷プロダクションの創業者で、“特撮の神様”と称される円谷英二が、米業界団体Visual Effects Society(以下、VES)の生涯功労賞である“Hall Of Fame(殿堂入り)”に日本人で初めて選出された。11月7日(現地時間)にロサンゼルスで表彰式が行われる。
VESは、視覚効果に携わるアーティストやVFXスーパーバイザーなどで構成される米業界団体。世界50カ国以上に、約5000人の会員がいる。今年2月に発表されたVESアワードでは、真田広之が「VES Award for Creative Excellence」を、山崎貴監督が「VES Visionary Award」を受賞している。
過去にVES殿堂入りした映画監督には、ウォルト・ディズニー、スタンリー・キューブリック、ジョルジュ・メリエスらが名を連ねており、日本人初となる円谷英二殿堂入りは、「VFXの礎を築いたパイオニア」として世界の映画業界にその功績が認められたことを意味する。
円谷英二は、1919年に撮影技師の助手として映画キャリアをスタート。1923年にカメラマンに昇進すると、当時最先端の撮影技術を探求し、日本映画界初の鉄製の撮影用クレーンを制作している。この頃、映画「キング・コング」(33)に感化された円谷は、特殊撮影技術を最大限に生かした作品作りを志向し始める。
その後、彼が在籍したJ.O.スタヂオなどが合併して東宝が設立されると、そこで特撮技術の研究と開発を開花させ、ミニチュアワーク、多重合成、スクリーン・プロセス、スーツメーション(俳優にクリーチャースーツを着せる手法)、マットペインティング、光学合成など、特殊撮影技術の先駆者となった。真珠湾攻撃を再現した山本嘉次郎監督の壮大な映画「ハワイ・マレー沖海戦」(42)は、国内で大ヒットを記録し、特撮表現の可能性が広く認知された。円谷は戦後もキャリアを積み重ね、1954年に本多猪四郎監督、「ゴジラ」での特撮により、世界的にその名を知られることになった。
円谷は後進の育成や技術継承に取り組み、1963年に自身の会社である円谷特技プロダクション(現:円谷プロダクション)を設立。そこでテレビ番組「ウルトラQ」、「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」などのウルトラマンシリーズを立ち上げ、今日に続く人気シリーズを生み出した。
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