スパイク・リー監督からの“詰問”に動揺 緊迫のやりとりを公開「今の若い世代がクロサワ映画を一度も観たことがない?誰の責任だ?」【ハリウッドコラムvol.367】
2025年9月6日 11:00

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
先日「天国と地獄 Highest 2 Lowest」という新作映画の取材で、スパイク・リー監督にZoomインタビューを行った。
本作は黒澤明監督の「天国と地獄」を再解釈した作品だ。ぼく自身、オリジナルを観てからずいぶん経っているが、舞台が現代のニューヨーク、しかも音楽業界ということもあり、まったく違った魅力を備えていた。

今回はメガホンをとったスパイク・リー監督への取材だ。「ブラック・クランズマン」以来だが、前回は記者会見だった。画面越しとはいえ、1対1の取材はかなり貴重だ。
日本のメディアということもあって、やはりオリジナルの「天国と地獄」との比較が中心となった。ぼく自身、スパイク・リー作品と黒澤作品を同列で考えたこともなかったので、監督がその出会いや影響を語ってくれるのはとても刺激的だった。
問題はインタビュー時間が残り2分となり、最後の質問に移ったときに起きた。インタビュー記事(https://eiga.com/news/20250905/8/)では、以下のようにまとめている。
実は、記事では実際のやりとりを圧縮している。実際のインタビューでは5分以上にも及ぶやりとり、というか詰問が始まったからだ。
ぼくはこう繰り出した。
あくまで監督から黒澤作品のおすすめを引き出すためのフリにすぎなかった。しかし、本題に入る前に、監督が遮る。
監督はあっけにとられた顔で聞く。
ぼくは「はい」と答えた。取材前に統計を取ったわけではないが、肌感覚で分かっているつもりだ。ジブリとは違うのだ。
そもそも黒澤監督に限らず、ゴダールやフェリーニ、トリュフォー、ベルイマンといった巨匠の作品を見たことがあるのは一部の映画通だけだと思う。自分の子どもたちも白黒映画というだけで拒否反応を示した。もしかしたらヒッチコックやキューブリックですら見たことがないかもしれない。
スパイク・リー監督は続ける。
ぼくは歴史的背景を説明しようと考えた。たとえば、日本の映画界は1950年代から60年代に黄金期を迎えた。黒澤明、小津安二郎、溝口健二といった監督たちが世界的にも評価されていた。でも、テレビの普及や娯楽の多様化で1960年代末から急速に衰退し、スタジオシステムが崩壊。その後、大量宣伝、大量動員の手法を確立した新規参入組の影響で構造も作風もまったく変わってしまった。そんななかで巨匠が手がけた作品群は一部の人しか知らないものになってしまった。
もちろん、インタビューのときは動揺していたから、理論立てて説明なんてできないし、そもそも取材終了時間をとっくに過ぎている。

Zoomのチャット欄には、取材を取り仕切る広報の人からメッセージが入っていた。
広報も監督を催促することはできないのだ。
それで、もごもごと言い訳めいた言葉を呟いていると、さらに監督は続ける。
ぼくはまたも答えられない。チャットのウィンドウには、「次のインタビュアーが待っている」という文字。
監督の質問が続く。
日本映画ペンクラブ、と答える。
ふざけて言っているのは分かっている。でも、その熱量がすごくて冗談に思えない。
監督は許してくれない。
さっさと取材を終わらせなきゃいけない。
監督はにんまりして続ける。

それからもヤクザがどうだとかブルックリンがどうだとか、こちらの理解を超えて話し続ける。
いい加減、監督のほうにもストップがかかったようだ。書斎にいる誰かからなにかを告げられると、はっとして真顔になった。脱線していることに気づいたようだ。
ここしかない。ぼくは用意していた質問を繰り出した。
かくして、インタビュー記事の最後の部分をようやく聞き出すことができたのだ。
冷や汗をかかされたけれど、取材時間をオーバーしてでも語り続けた監督の熱量こそが、黒澤作品への最高のリスペクトだったのかもしれない。
画像・映像提供 Apple
執筆者紹介

小西未来 (こにし・みらい)
1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi
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