【「Playground 校庭」評論】7歳の少女が直面する“世界”。校庭に現代社会の今を凝縮した圧巻の72分
2025年3月16日 18:00

初登校の日、7歳の少女が悲痛な表情で兄にしがみつく。校庭には知らない人ばかりで頼れるのは兄だけ。完全アウェイの校舎には入りたくない。「すぐに友だちができる」と言われても困る。今度は父親に抱きついて離れようとしない。
少女の名はノラ。彼女の周りには自分と他者を隔てる厚くて透明なベールがあるようだ。教室でも頑なに押し黙り、名を聞かれても声が出ない。ランチタイムに兄の傍に向かうが席の移動はルール違反だとにべもなくかわされる。休み時間の校庭で仲間とつるむ兄に近寄るが「虐められるから離れろ」とまさかの拒絶。どうしたら良いか分からない。教室にも、体育館やプールにも、休み時間の校庭にすら、彼女の居場所は見つかりそうにない。
「Playground 校庭」(2021)には、不寛容な行為や力による圧力、ミスを犯した者への罵詈雑言、自己最優先の価値観の押しつけなど、現代社会で今まさに起こっている諸問題が凝縮されている。小学校という閉ざされた空間を舞台とする本作の原題は「Un Monde」、つまり少女が直面する“世界”を意味する。
弱者に対する暴力や虐め、気に入らない者への排他的な行動、外観で人を判断すること。日常的に繰り返されているこれらの行為は、戒められ、諭され、それでもダメなら父兄面談で討議される。杓子定規なこのプロセスは大人たちの確認作業に他ならず、当事者である少女と虐めの渦中で押し黙る兄は蚊帳の外に置かれている。
兄の傍にも行けず、かくれんぼで人とぶつかったら目隠ししている方が悪いと叱られる。トイレや校庭の片隅で暴力を振るわれても、大人たちの視界には入らない。当事者意識もなく監視することが仕事だと思っている彼らは看過してしまうのだ。一方で、現実をストレートに受けとめる子どもたちは残酷だ。家事に専念するノラの父は失業者の烙印を押され、「国からお金をもらおうとしているだけ」だと容赦ない言葉が飛び出す。
心を開くことができないノラはどうなってしまうのか。気を揉みながら見つめていると、やがて同級生と他愛のない会話を交わし、リボン結びを教えてもらい笑みがこぼれることも。担任教師に見守られ、日常を共にすることで少しずつ氷解するのだと実感させられたその時、兄への虐めが元凶となり事態は思わぬ方向へと突き進んでいく…。
100人を越える候補者からノラに抜擢されたマヤ・バンダービークは初めてとは思えない切実な演技で観客の心を鷲づかみにする。妹から「やり返せ」と言われても思うように行動できない3歳年上の兄アベルに扮したガンター・デュレ。兄妹を演じたふたりは、7冠受賞となった2022年のマルグリット賞で揃って《新人賞》を受賞している。
少女が生きる世界を限定し、母の存在を敢えて省く。脚本の執筆に長い時間をかけたベルギーの俊英ローラ・ワンデル監督は、小学校の敷地内で起こる出来事をノラの視座であるローアングルで描いていく。校舎内を移動する彼女を追う映像に不快感すら感じる雑踏音を重ね合わせてノラの孤立感を更に際立たせる。他人ごとではない切迫感を現出させる演出が見事だ。
若き女性監督の強靱な作品にいち早く注目したのは、第52回カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた「ロゼッタ」(1999)や「息子のまなざし」(2003)のダルデンヌ兄弟。彼らが次回作のプロデュースを買って出たことも大いに頷ける72分の力作である。
(C)2021 Dragons Films/ Lunanime
執筆者紹介

髙橋直樹 (たかはし・なおき)
1962年生まれ。大阪芸大卒。
映画.com編集顧問、ティー・ベーシック代表。
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