「お引越し」撮影監督・栗田豊通が振り返る、相米慎二監督との日々「相米さんはこの映画で変わりたいんだなとも強く感じました」
2024年12月26日 10:00

「セーラー服と機関銃」「ションベン・ライダー」「台風クラブ」などで知られる相米慎二監督。日本映画界を代表する名優・監督らが揃って相米監督への想いを熱く語るなど、今なお圧倒的な存在感を放ち続けている。
そんな相米監督が手掛けた「お引越し」の4Kリマスター版が、12月27日から全国順次公開(「夏の庭 The Friends」4Kリマスター版も同日公開)。第46回カンヌ国際映画祭で“ある視点”部門に選出された同作は、両親の別居から家族の危機に揺れる小学6年生の少女の心を描いた物語だ。

35ミリオリジナルネガフイルムから4K解像度によるスキャンを行い、デジタルリマスター作業を施したリマスター版は昨年、第80回ベネチア国際映画祭クラシック部門(Venice Classics)に出品され、最優秀復元映画賞を受賞。その後フランスで劇場公開されるや、当初の数館から130館以上に拡大公開され、フランスを代表するル・モンド紙一面で取り上げられるなど、各メディアから絶賛の声が集まり、台湾やアメリカ、オランダ、スイスでも上映された。
本記事では、同作の撮影監督を務めた栗田豊通のオフィシャルインタビューを紹介する(聞き手・構成/金原由佳)。


撮影前にガイドになるコンセプトを考えますが、様々なプロセスで生成展開し変化していきます。相米さんとは彼が助監督、私は鈴木達夫さんの助手時代に知り合った長きにわたる関係性がありました。彼は昔から相当勉強をし、知識も言葉も持つ人で、当然のことながら自作のビジョンも持っていましたが、面白いことに、準備段階から撮影に関しては、ほとんど私に具体的な指示を出さないのです。ただ、話をする中に、彼が望んでいるのであろうなというキーとなる言葉が時々、控えめに零れておちる。その言葉を発した意図を自分なりに解釈した上で、コンセプトを考えていく。それが相米さんとのやり方でした。自分の考えに固執するより、俳優、スタッフからの意見やアイディアを取り入れる方が、映画が豊かになることを知っていたのでしょう。
同時に、相米さんはこの映画で変わりたいんだなとも強く感じました。というのも、いくつかのシーンについては事前にコンテを書いてきたからです。相米映画と言えば長回しと言われることが多かったですが、コンテにはカットが割られていて、これまでと同じことはしないという意欲がありました。


それは嬉しい感想のひとつですね。「お引越し」は当時、コダックから出たばかりの最新の粒子が細かいネガ・フィルムを使いました。フィルムにおける撮影とは、フォトケミカル、つまり光による化学反応によるもので、デジタルにおけるプロセスとは違います。この二つは根本的に異なるメディアだと考えていますが、近年著しい進歩があり重なる部分も多くなっていて、私としてはデジタルを使うことで、当時のコンセプトを強調したいと考えました。シアンブルーに反応していただけたのは、デジタルの色情報の豊かさと暗部の明瞭さが増したからではないかと思います。

当初、光学録音の音ネガ素材を元にしたデジタル化の作業で、同時録音された環境音がノイズとして自動的に消去されてしまったんですね。ただ、相米さんは音の演出に細やかな人です。
例えば、レンコのトイレの籠城後、ナズナとケンイチが言い争いしているとき、姿は見えないけど、台所の奥から布引君の大根をおろす音が合いの手のように会話に入ってくる。布引役の田中太郎さんが考えたその絶妙な間を相米さんは嬉しそうに受け止めていました。これは現場で相米さんが語っていたことなので覚えていたのです。
ほかにも部屋の中に入り込む祭りの音、レンコがトイレに籠城してのすすり泣きにかぶさるセミの鳴き声など、あるはずの音がノイズとして認識されなくなっていました。
そこでより良い音素材である6mmダビングテープを改めて探し出していただき、音を入れ直してもらったんです。これは明らかに撮影部としての作業範囲を超えているのですが、この時点では私しかいない状況でした。最終的には当時ダビングで効果を担当された斉藤さん、録音助手の郡さん、編集の奥原さんにも確認をお願いしました。


私はアメリカの劇場で、若い観客が活き活きと反応している姿を見ました。公開当時、日本のポスターはレンコのほっぺたをナズナとケンイチが引っ張っているデザインでしたが、今回のフランス版、アメリカ版、台湾版、イタリア版と絵柄が全然違うのが面白いですよね。

個人的にはフランス版を気に入っていますが、それは単に離婚問題を扱った子供映画ではなく、家族、社会、自然、さらに宇宙の中での「個」の再生という「お引越し」で相米さんがやろうとしたテーマを理解した上でのデザインがなされていると思うのです。それが現在のフランスの観客に伝わっているのでしょう。

一方、今回の日本のポスターは新しい日本の観客に向けて家族、夫婦関係と個人の課題を三角形のテーブルを囲んでデザインされていています。女性にとってはキャリア形成や社会進出についての物語でもあり、日本での1990年代ではちょっと早いテーマだったのかもしれないのです。時代が追い付き、新しい観客に発見されていくことを期待しています。


技術者としては、先程言いましたように、撮影時に目指したコンセプトが、デジタル化というプロセスを経ることによって、当時表現したかった内容がより明確に表現できるようになった。その道具が手に入ったことに感謝したいです。デジタル化は単に映像をきれいにする作業だと思われがちですが、そうではない。撮影当時のスタッフで監督と共に作品の表現に関わる当事者が参加することで、当時狙っていたことを明確にし、再構成できるクリエイティブな作業でもありうるのだと思います。それを今回、読売テレビやクープの協力を得て、展開できたことに喜びを感じています。
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