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音楽評論家・立川直樹氏が指南する「コンサート・フォー・ジョージ」の楽しみ方

2023年7月27日 18:00

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画像1(C)2018 Oops Publishing, Limited Under exclusive license to Craft Recordings

ビートルズのメンバーとして、ソロアーティストとして、数多くの名曲を遺したジョージ・ハリスンが58歳でこの世を去ったのが2001年11月29日のこと。それからちょうど1年後の02年11月29日、ハリスンを愛する仲間たちがロンドンのロイヤル・アルバート・ホールに集まり、一夜限りの伝説のライブを行った。

この日の音楽監督を務めたのはハリスンの盟友エリック・クラプトン。彼の呼びかけにより、ポール・マッカートニーリンゴ・スタートム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ、ジェフ・リン、ハリスンが敬愛したシタール奏者のラビ・シャンカールモンティ・パイソンら豪華なアーティストが集まり、彼らが大好きだったハリスンの曲を次々と披露するという夢のようなひとときとなった。そしてこのたび、ハリスンの生誕80年を記念してこのコンサートの模様を「コンサート・フォー・ジョージ」として、7月28日からスクリーンでの上映が決定。しかも素材は、海外で上映された高音質リマスター版を使用ということで、クリアで迫力のある音質で感動のコンサートを追体験できることとなった。

そこで今回は、「マルサの女」「悲情城市」「紅夢」などの音楽監督をはじめ、映画、美術、舞台、音楽など幅広いフィールドで活躍するプロデューサー、ディレクターであり、音楽評論家としても数多くのライナーノーツ執筆や、ビートルズ関連の書籍を上梓してきた立川直樹氏に本作の魅力について話を聞いた。


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――立川さんはこの「コンサート・フォー・ジョージ」という映画をどうご覧になりました?

立川:ジョージ・ハリスンでいうと、バングラデシュのコンサート(※1)とかぶったところを感じます。おそらく出演者もどこかで、バングラデシュのコンサートを意識するところがあったんじゃないかな。それとエリック・クラプトンが音楽監督をやったことによって、芯がはっきりしたコンサートになったと思います。ゲストが入れ替わり立ち替わり、どんどんと出てくると、いわゆるベストアルバムのようになってしまいがちなんだけど、「コンサート・フォー・ジョージ」の場合はそうはならなかった。だから音楽映画としては「ラストワルツ」(※2)に近い感じがある。あの作品はザ・バンドが軸となっていたけど、「コンサート・フォー・ジョージ」ではジョージ・ハリスンという確固たる軸があって。そこが大きな見どころとなっていますからね。

――追悼コンサートではあるんですが、皆が笑顔で楽しそうに演奏しているのが印象的でした。

立川:この作品に寄せたコメントでも書いたんだけど、なんだかほのぼのした感じがあるんだよね。それは絶対にジョージの人柄があると思う。ビートルズ時代の「サムシング」にしてもそうだし、ソロ時代の作品もそうだけど、彼の持っているバイブレーションがみんな好きだったんでしょうね。それからジョージの追悼のためにと集まったという面も大きいと思う。ミュージシャンってエゴの部分と、すごく優しい部分とふたつ持っているじゃないですか。たとえば他のライブだと対決になることもありますよね。あいつのギターには負けないぞ、というような。でもここにはそういうものがいっさいない。ミュージシャンのエゴじゃない部分を全部出したなと思うんです。珍しいライブですよ。だから見ていて気持ちいいんじゃないかな。後味がいいんだよね。

――それはクラプトンだからというところもあるのでしょうか?

立川:いや、やっぱりみんなのジョージとの交友関係というのが大きいんだと思う。このコンサートでもトラヴェリング・ウィルベリーズ(※3)の曲があったけど、ああいうのをフラッとやる人なんですよ。モンティ・パイソン(※4)もそうですよね。ジョージは映画のプロデューサー的なこともけっこうやっていたから。それとインド音楽というと、ラビ・シャンカール(※5)との出会いがあって。それもただ単純にインドをかじるという感じじゃなく、本当に芯まで入っている。そもそもバングラデシュのコンサートというのもラビからバングラデシュの惨状を聞いてやったところもあったから。そういうことが全部大きな川の流れみたいになっているんだと思います。

――そういう意味で、音楽のジャンルとしてはバラバラなんですが、しかし不思議な統一感があります。

立川:そう。だからなんか優しいんだよね。優しさが芯を貫いているというか。それは近頃の音楽ドキュメンタリー映画の中では珍しいんじゃないかな。でも優しいんだけど緩くない。それはすごく重要なんですよ。このコンサートは本当にプロの仕事で、ちゃんと構成されている。クラプトンも、もしかしたらこういうコンサートの中で一番良かったんじゃないかなと思うし。

――しかもほとんどの曲が、原曲をリスペクトして演奏しているなと感じました。

立川:それがいいんですよ。みんなそこで頑張ってない。みんなで友達の家に集まってセッションしてる感じの良さを、大きいホールでやっているという余裕だよね。無理してないから、ものすごく気持ちいいグルーブになる。それと音楽映画って、絶対に映画館で見るべきなんです。映画館で見ないと、その良さは分からないし、音に包まれるような感じもあるわけだから。映画館で観ないのはもったいないよね。

この映像自体は以前にDVDが出ていたので、観たことはあったけど、劇場で観るとその印象は変わりましたよね。特に冒頭の印象が全然違う。こぢんまりしていないというか。インド音楽ならではの、あのホールのスケールの大きさを感じられたのは映画館ならではだね。それと、クラプトンが、(息子の)ダニー・ハリスンの親戚のような感じでいたところも良かった。いいおじさんという感じもむちゃくちゃ好きだった。そういう意味で人間ドラマも感じられるし、珍しい映画だと思いますよ。

画像3(C)2018 Oops Publishing, Limited Under exclusive license to Craft Recordings
――所々で息子のダニーもギターを弾いていましたが、顔もお父さんにそっくりでしたね。

立川:でも顔じゃなくてギターの弾き方もそっくりなんですよ。たて乗りでね(笑)。

――もちろん、ハリスンの曲は知ってましたが、彼らの演奏を聴いていると本当にいい曲なんだなとあらためて気付かされます。

立川:そう。みんなカバーしてて、嬉しそうなんだよね。(ビートルズ時代にハリスンがつくった)「タックスマン」を歌っているトム・ペティとかも無邪気だし。ああいったミリオンセラーを何枚も持ってるようなキャリアのミュージシャンたちが完コピするところがすごいんですよ。やっぱり「タックスマン」は、あの(原曲の)「タックスマン」が一番かっこいいわけなんで。やっている方も楽しかったろうし、聞いてる方もそれが聴けて楽しかったよね。

――ポール・マッカートニーリンゴ・スターと、ビートルズのメンバーも参加していました。

立川:正直言うと、このコンサートはビートルズというよりも、ジョージ・ハリスンとして見た方がいいと思う。ポールもリンゴも、一歩間違えると“スター”としてVサインをしながら出てくるようなところがあるんだけれど、今回はちゃんとわきまえてコンサートに来ている感じがあった。その感じも僕はすごく好きでしたね。イギリス人が持っている品の良さがすごく出てるライブだったと思います。

画像4(C)2018 Oops Publishing, Limited Under exclusive license to Craft Recordings
――では最後にあらためてこの映画の見どころをお願いします。

立川:いい音楽を聞いたり楽しんだりしたかったら、やはりジョージ・ハリスンを堀り下げるべきだと思うし、その入口として、この映画はすごくいいと思う。よく小林武史さんや亀田誠治さんとも話すんだけど、もし好きなミュージシャンがいるなら、その人たちが、何を聞いて育ったのかに興味を持って、さかのぼるべきだと思う。僕らはそういう風にさかのぼっていったし。それは映画でもそうだと思うんですよね。

でも最近は音楽が情報になってしまっていて。ちょっと聞いたらもうそこで終わってしまうことが多い。でもこの映画にはいろんな道筋があるから。そういう意味で、音楽を最初に紐解く地図みたいなものですよ。ここでトム・ペティの「タックスマン」がかっこいいなと思ったら、トム・ペティ&ハートブレイカーズを聴いたっていいし、それこそジョージ・ハリスンのアルバムを聴いてもいいと思う。そうやって、この映画がいろいろな音楽に出会うきっかけになったらいいなと思います。


【筆者注】
※1:ジョージ・ハリスンが1971年にニューヨーク・マディソン・スクェア・ガーデンで行ったバングラデシュ救済コンサート。初の大規模なチャリティーコンサートとしても知られている。1972年には、その様子を映し出した音楽ドキュメンタリー映画も公開された。
※2:アメリカのロックバンド「ザ・バンド」が1976年に開催したラストコンサートをマーティン・スコセッシ監督が映像化した1978年の音楽ドキュメンタリー映画。
※3:トム・ペティジェフ・リン(ELO)、ロイ・オービソン、ジョージ・ハリスンボブ・ディランらが1988年に結成した覆面バンド。本コンサートでは、トム・ペティ&ハートブレイカーズがヒット曲「ハンドル・ウィズ・ケア」を演奏した。
※4:グレアム・チャップマンジョン・クリーズ、エリック・アイドルテリー・ジョーンズ、マイケル・ペイリンテリー・ギリアムらによる伝説のナンセンスコメディ集団。ジョージとは縁が深く、資金難に陥った彼らの映画「ライフ・オブ・ブライアン」にジョージが資金援助を行ったり、テリー・ギリアムの「バンデットQ」ではジョージが製作総指揮を担当したこともあった。なお、本作劇中ではモンティ・パイソンのメンバーとともに、俳優のトム・ハンクスが「ランバージャック・ソング」でゲスト出演している。
※5:インドを代表するシタール奏者。1966年にラビ・シャンカールと出会ったジョージは、彼からシタールを教わり、自身の楽曲にも取り入れた。歌手のノラ・ジョーンズは彼の娘となる。
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