宮藤官九郎「現実と地続きの作品に」 舞台は仮設住宅、個性豊かな住人の生活感が見えるリアルなセットに注目 「季節のない街」現場レポート
2023年7月26日 19:00
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ディズニープラス「スター」で、8月9日から宮藤官九郎が自身の脚本で監督を務めるドラマ「季節のない街」(全10話)の独占配信が始まる。宮藤監督が長年温めてきた企画で、黒澤明監督「どですかでん」の原作でもある、山本周五郎の小説「季節のない街」を映像化。時代を現代に置き換え、青春群像エンターテインメントとして描き出す。今冬、撮影現場を取材した映画.comが、舞台となる「街」での撮影レポート、宮藤監督のインタビューを紹介する。(取材・文/映画.com編集部 松村果奈)
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12年前に起きた“ナニ”の災害を経て、建てられた仮設住宅のある「街」。家族と希望を失い、猫のトラとともにこの「街」にやってきた主人公の半助こと田中新助は、街で見たもの、聞いた話を報告するだけで報酬をもらえると持ち掛けられ、軽い気持ちで、この街に潜入する。「街」の住人たちとの交流から希望を見出すも退去の日が迫る……という物語だ。
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予期せぬ出来事で経済的基盤を失った人々の、貧しさゆえの困難、悲哀もあるが、そんな状況下でも誇りを失わず、たくましく生き抜く登場人物たちを、半助、そして時には猫のトラの視点を通し、宮藤監督ならではの軽やかなユーモアとヒューマニズム溢れる描写で映像化した。主演の池松壮亮と仲野太賀、渡辺大知という実力派3人が宮藤官九郎初の企画クレジット作で初共演することにも注目だ。
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美術を担当したのは「万引き家族」「すばらしき世界」「怪物」などを手がけた三ツ松けいこ。今回、茨城県で廃校となった小学校とその前庭にセットが組まれた。「街」には18世帯が住んでいる設定で、街の住人たちの象徴であり、原作にはない宮藤監督によるオリジナルの最終話で重要な役割を果たす「大漁旗」が、校舎の目立つ場所に飾られている。
個性豊かな登場人物たちのキャラクターや生活様式を表現するかのように、バラックの仮設住宅1軒1軒の外装や内装はもちろん、画面内で注意して見なければ気付かないような小道具まで、リアルに作りこまれている。
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電車好きの六ちゃんの家には素朴なタッチの電車の絵があちこちに描かれ、子だくさんの沢上家には複数段のベッド、猫のトラと越してきたばかりという設定である半助の家の家財道具は少なめ……など、そのほかの家でも、洗濯物や仏壇、非常用袋、キッチン周りの開封済みとおぼしき調味料や食料品のストックなど、生活感あふれた数々の“もの”から、災害を経験したのち、普通の生活を取り戻した住人の日常が立ち上ってくる。
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ゴミ捨て場や水場などの住民の共有部、六ちゃんの母親が営む天ぷら屋や日雇いの男たちが集う飲み屋なども、実際に彼らがここで生活していたのではないか、と思わせるような雰囲気を漂わせている。取材陣がこの日、見学したのは最終話となる第10話、池松、仲野、渡辺のほか、塚地武雅、前田敦子らの出演シーン。「街」からの立ち退きを告げられる緊迫した場面だが、物語の設定で登場する数人の子役の姿もあり、セット内はあたかもどこかの実在の街のように、にぎやかで和やかな雰囲気が流れていた。
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黒澤明監督の作品で一番好きなんです。映画を見てから、その後、山本周五郎の原作を読みました。短編集なので、1話完結の連続ドラマにならないかと漠然と思っていました。映画を見て原作を読むと、どうして映画版にはこのエピソードが入っていないのだろう?とか、逆になぜこの話をこんなに長く膨らますのか?と気になることがあって。長い年月をかけて、ドラマ化したいという思いが膨らんで、企画を出しました。
60年前に書かれたものですが、現代にも通じる普遍的な物語だと思います。原作では、終戦直後の東京で、貧しい人たちが、バラックのような長屋に住んでいるという設定です。しかしそれだと現代の視聴者にはリアリティが持てないと考え、何らかの災害の後に作られた仮設住宅で、一定期間だけ一緒に暮らす人々の間で起こった話にすれば、身近に感じてもらえるんじゃないかと思いました。
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もちろんそういった考えもありますが、天災によって、お金を持っているとか、持ってないとか、社会的地位があるとか、ないとか……そういう格差が無くなり、良くも悪くも真っ平らになったそんな状況の中で起こる人間同士の繋がりのドラマをこの作品でやりたいと考えました。ちょうど3年前、コロナ禍の影響が広がりつつあった時に石巻に取材に行きました。
3・11から9年目だったのですが、そこで住民の皆さんが「みんなコロナ、コロナと騒いで、震災のこと忘れてるんじゃないかな」と話しているのを聞きました。その方たちも、今は仮設住宅ではなく、復興支援住宅に暮らしていますが、近所づきあいがなくなったので家から出てこない方がいる……という話も聞いて、やはり震災は終わったことじゃないんだなと気づいて。
だからといって、特別に何かを訴えたいわけではなく、そういう人たちがいた、今でもいる、もしかしたらこれからもそういうことが起こるかもしれない……そんな現実と地続きの作品を作りたいと思いました。
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黒澤監督の「どですかでん」は誰かひとりの視点では描かれていません。僕は新参者である半助の視点を加えることで、仮設住宅から出ていかない人たちの中で起こるドラマ、そして、最終的にはそこから出なければならないことになる、期限付きの思い出のような物語として再構築しました。
原作には「半助と猫」「親おもい」という短編があって、その二つの要素は映画「どですかでん」には全く入ってないんです。「どですかでん」は黒澤監督の作品の中でもメジャーな作品ではないですが、原作は同じでも、違う作品として見てもらいたいなとその要素を入れました。
若者3人の視点で、この街に住んでいるちょっと変な人たちを語れば連続ドラマとしての広がりが生まれるんじゃないかという意見をいただいて。そして、「半助と猫」の半助の池松壮亮さん、そして、「親おもい」タツヤ役の仲野太賀さん、「がんもどき」というエピソードのオカベ役の渡辺大知さんが大体同じ世代なので、この3人を軸にすることにしました。半助も被災者で、共に生き残った猫と一緒に越してきたという設定にして、仮設住宅から出ていかない変わった住民たちを観察する。「どですかでん」とは、見え方としては全然違うけれど原作は同じ。キャストの3人とも同世代で同じようなものを見て育ってきたのに、全然違ったり、でもやっぱり共通点があったりと……そんな空気感も出ていると思います。
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黒澤監督は(電車マニアの)六ちゃんにフォーカスを当てている。僕もそこがすごく好きなんですけど(笑)。六ちゃんが見える人と、見えていない人がいる、その感じがすごく好きで。このドラマに関しては、六ちゃんを半助が見てどう思うか、そして劇中の人間関係もわかりやすく描きました。このシリーズを面白いと感じたら、「どですかでん」を見て、原作を読むと、それぞれの違いを楽しんでもらえると思います。
本当は前作(『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』)からすぐにやりたかったのですが、大河ドラマ(『いだてん ~東京オリムピック噺~』)のような大きな仕事があったり、いろいろな企画が並行していたので間が空いてしまいました。
ただ間が空いたからといって、忘れていることもなく、すんなりと現場には入れました。でもその間に世の中が変わったり、スタッフさんが若くなって、僕が一番年長になっていたり、技術的なことも変化したり。そういう意味では時間が経ったんだなあと実感しています。
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今回、立派なセットを作ってもらって、ずっと同じところで撮影ができる。連ドラですが、撮影前に全部脚本ができていましたし、編集しながらこういうカットがあったらいいなって思ったことを現場に来て追撮したり、変更もできる。すごく恵まれた環境で、役者さんたちも面白いと言ってくれて。僕自身も、「どですかでん」のキャストを現代の俳優で、誰がこの役をやったら面白いかとか、自分の監督の回をどう撮るか考えたり。ひとりで映画を1本撮ったり、ひとつのドラマをひとりで書いたりするよりも周りとの関わり方がいろいろあって楽しかったですね。
厳しい現実を生き抜くために、決してクリーンとは言えない環境や状況に身を置かなければならない「街」の住人たち。しかし、彼らからあふれる憎めない人間らしい魅力やおかしみを、宮藤監督が実力派キャスト、スタッフと共に1話1話丁寧に活写した。
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そんな清濁併せのむような人間模様が紡がれる舞台が、仮設住宅といういつかはなくなってしまう場所だ。現実世界にも日本や世界のどこかで、さまざまな理由からこのような生活を経験した人々がいる。だからこそ、この「街」は、虚構とリアルのはざまのような役割を果たし、物語と共に人々の記憶の中に深く刻まれることだろう。
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執筆者紹介
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松村果奈 (まつむらかな)
映画.com編集部員。2011年入社。
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