「ウォーキング・デッド」に飽きた人にこそ観てほしい。大ヒットドラマ「THE LAST OF US」の魅力とは?【ハリウッドコラムvol.327】
2023年2月26日 08:30
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
正直なところ「THE LAST OF US」にはあまり期待していなかった。原作のゲーム「The Last of Us」(通称「ラスアス」)はいろんな賞を受賞して話題になっていたから、名前は知っていた。でも、子供が生まれてからゲーム時間を確保できなくなってしまったから、プレイ経験はない。また、最近の「トゥームレイダー」や「アンチャーテッド」を観て、「ゲーム原作映画に名作なし」との信念をさらに強固にしていた。
厳密に言えば「THE LAST OF US」は映画ではなく、テレビドラマだ。しかも、傑作「チェルノブイリ」の企画・製作総指揮を手がけたクレイグ・メイジンと米放送局HBOの再タッグ作品である。
それでも食指が動かなかったのは、「THE LAST OF US」がゾンビものだからだ。実は、いまから十数年前に「ウォーキング・デッド」に夢中になっていた時期(https://eiga.com/extra/konishi/131/)がある。
当初は新鮮だった、文明が崩壊した世界の設定やウォーカーと呼ばれるゾンビの恐怖にはすぐに慣れてしまった。感染した仲間が発症するまでのあいだに仲間が体験する葛藤や、目的地に辿りついては何らかの事情で旅を続けなくてはならなくなる展開にも飽きてきた。おまけに共感できるキャラクターがどんどん殺されていく。緊張感や話題性を生み出すための苦肉の策なのか、役者との契約更改がうまくいかなかったのか、真相は分からない。でも、だんだん視聴を続けるのが苦行となり、あるとき自問した。ずるずると悪い関係を続けるよりも、新しい出会いを探すべきじゃないのか、と。世の中は魅力的なドラマで溢れているのに、こちらの時間には限りがある。かくしてぼくは「ウォーキング・デッド」に別れを告げた。
どうやら不満を感じていたのはぼくだけではなかったようだ。「ウォーキング・デッド」は次第に視聴率を落としていき、シーズン10で完結。だが、制作元はスピンオフに枝分かれさせて、せっせと壮大なユニバースを構築中である。
さて、「ウォーキング・デッド」でゾンビものに飽きていたのに、「THE LAST OF US」を見始めたのは、いまや10歳前後となった2人の子供たちにはまるだろうと思ったからだ。幼いときから年齢的に不適切な映画やドラマに浸ってきた彼らにとって、バイオレンスとアクション、ハラハラドキドキの展開だらけであろう「THE LAST OF US」は、ストライクゾーンのど真ん中に違いないと。その読みは見事に当たった。予想外だったのは、自分もはまってしまったことだ。
前置きが長くなったが、「THE LAST OF US」はパンデミックで文明崩壊した20年後のアメリカを舞台にしている。主人公はFEDRA(Federal Disaster Response Administration:連邦災害対策局)と呼ばれる組織が運営するボストンの隔離地域に暮らす中年男性ジョエル(ペドロ・パスカル)。頑固で偏屈な彼は、ブラックマーケットで裏取引をして生計を立てている。そんななか、反乱組織「ファイアフライ」から隔離地域外への運び屋の仕事を頼まれる。その荷物とは、14歳の少女エリー(ベラ・ラムジー)だ。
ウイルスと寄生菌という違いはあるものの、噛まれたらゾンビに感染する点は同じ。また、文明が崩壊した世界においては、結局のところ人間がもっとも恐ろしい存在であるという設定も「ウォーキング・デッド」と同じだ。
ただ、こちらのほうが映画的で壮大なスケール感で物語が展開する。それだけの予算が投じられているし、そもそも原作ゲームがさまざまな映画に影響を受けているためでもあるようだ。たとえば、第1話ではアルフォンソ・キュアロン監督の「トゥモロー・ワールド」で有名な車内の長回しショットと同じものが出てくる。
「THE LAST OF US」はゲームが原作だから、もちろんアクションやスリルがたっぷり盛り込まれている。だが、人間ドラマに重点が置かれている点が、これまでのゲーム原作ものと一線を画している。その核となるのは、血のつながりのないジョエルとエリーの関係である。
ジョエルはパンデミックの初期に愛娘を失う悲劇を体験している。それ以来、心を固く閉ざして20年間冷徹に生きてきた。そんな彼にとって口が達者で生意気なエリーは文字通りのお荷物でしかない。しかし、さまざまな出来事を通じて、気持ちに変化が生まれていく。一方、身寄りのないエリーもジョエルを慕っていくことになる。彼らの身に起きるさまざまなイベントが、2人の距離を縮めていくようにデザインされているのだ。
なかでも傑出しているのが第3話「Long, Long Time」(邦題「長い間」)だ。実はこのエピソードの主人公はジョエルとエリーではなく、初登場の中年男性2人である。
ビル(ニック・オファーマン)は陰謀論を信じ、自宅に武器を溜め込んでいるヤバい男だ。平時なら危険人物でしかなかった彼だが、無政府状態になったとき力を発揮する。ゴーストタウンとなった街を塀で取り囲み、食料と安全を確保。人付き合いが嫌いな彼にとって、パンデミックはむしろ好都合だった。監視カメラをチェックしながら、手料理と高級ワインを嗜む、悠々自適な暮らしをしている。
だが、ある日、フランク(マーレイ・バートレット)と出会う。遠い街から命からがらで救いを求めてきた赤の他人を、ビルはしぶしぶ招き入れる。そして、2人は恋に落ちる。やがて、ビルはフランクの影響で街にゲストを招くようになる。主人公ジョエルもそのひとりだ。
そう、このエピソードは2人の男性の恋のはじまりから終わりまでを描くラブストーリーとなっている。
ぼくがこのエピソードに感激したのは、同性カップルの恋愛を当たり前に描いているからだけではない。「カールじいさんの空飛ぶ家」の最初の10分間のように、2人が過ごした年月が切なくも感動的に綴られているのだ。これを超えるエピソードは、今年は出てこないだろう。
表面上、このエピソードは本筋からずれている。エリーを運ぶ役割を担ったジョエルはこの街を訪れ、物資を補給するだけだ。設定上、街の住人はどんな人間でも良いし、ここまで丁寧に描く必要がない。時間稼ぎのエピソードと思う人がいるかもしれない。
だが、実はテーマとは密接に繋がっているのだ。かつてのビルは、主人公ジョエルと同じ孤独を愛するタイプだった。だが、フランクと出会ったビルは、生き甲斐を見つけ、しぶしぶながらも他人を街に招くようになる(そのゲストの一人がジョエルだ)。そんなビルの生き様は、ジョエルの心に少なからず変化を及ぼすことになる。こうしてジョエルとエリーとの距離は一歩ずつ近づいていくのだ。
「THE LAST OF US」は文明崩壊後の世界という設定に、ストーリーの可能性がたっぷり残されていることを示してくれた。ジョエルとエリーとともに、冒険の旅を続けていきたいと思う。
「THE LAST OF US」は、U-NEXTにて独占配信中。
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