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「宮松と山下」にセリフが少ない理由は? 監督集団「5月」の狙い「映画館だからできる観賞体験を」

2022年11月14日 09:00

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監督集団「5月」の3人
監督集団「5月」の3人
(C)2022「宮松と山下」製作委員会

香川照之が主演を務め、エキストラ俳優の男を主人公に据えた「宮松と山下」が、11月18日から公開される。メガホンをとったのは、教育番組「ピタゴラスイッチ」などで知られるクリエイティブディレクターの佐藤雅彦、NHKでドラマ演出に携わってきた関友太郎、「百花」の共同脚本を務めた平瀬謙太朗の3人からなる監督集団「5月」。長編デビュー作となった本作について、「5月」の3人に話を聞いた。

エキストラ俳優の宮松(香川)は、時代劇で弓に射られたり、大勢のヤクザの1人として路上で撃たれたり、ヒットマンの凶弾に倒れたりと、名もなき殺され役を演じてばかりいる。慎ましく静かな日々を送る宮松だったが、実は過去の記憶をすべて失っていた。自分について何も思い出せないまま、毎日数ページだけ渡される「主人公ではない人生」を演じ続ける彼のもとにある日、男が訪ねてくる。

画像2(C)2022「宮松と山下」製作委員会
――「5月」として3人で活動されることになった経緯を教えてください。
佐藤雅彦:元々は東京藝術大学 佐藤雅彦研究室のメンバーです。藝大は、基本、作家養成が目的で、東大や慶応がやるように、研究室全員でプロジェクトに取り組むことはしないのですが、彼らとならプロジェクトができるのではと感じました。そこで2012年にc-project(cannes projectの略)を立ち上げ、短編映画を作ろうと動き出しました。そうしたら、1作目の「八芳園」(14)がカンヌにノミネートされたので非常に驚きましたね。
――3人でどのように役割分担をされているのでしょうか。
佐藤:我々は3人それぞれに決まった役割があるわけではなく、何でも3人で1つの物事に取り組んでいます。企画・脚本・編集も3人でやっています。母体が研究室というのもあるかもしれませんが、1つの物事に対して皆で意見して作り上げるという雰囲気ですね。

ただ1つだけ役割があるとすれば撮影現場です。「どちらを」(18)の時は3人バラバラに主演の黒木華さんに話に行っていましたが、「散髪」(21)くらいから俳優への演技指導は関が行い、私と平瀬は一歩下がってモニターを見ていました。さらに詳しく言えば、私はそのシーンを見ながら「次をどうしようかな」と考える、という風に役割は分かれていました。そういう意味で分担はありましたが、他の作業は全て3人でやっています。

画像3(C)2022「宮松と山下」製作委員会
――それぞれが「ちょっと違うな」と思った時はどうするのですか?
関友太郎:基本的には3人がOKを出さないとテイクは終わらないです。誰か一人でも「こうしたら良いんじゃないか」という意見があれば、やはりそれは撮りなおしますね。
――3人の意見が食い違うことはないのでしょうか。
佐藤:それがないんです。一緒に制作するのも、もう11年目ですからね。研究室って寝食共にする感じになるので、食い違いがなくなるんですね。
関:意見が違うということよりも、この体制に頼っている部分の方が大きいです。例えば、3人分のOKが出たカットやセリフだけが残っていくので、撮れ高の信頼度が高いというか。そこには自分にないアイデアもたくさん詰まっているわけで、助かることだらけなんです。
画像4photo by Masanori Kaneshita
――本作でエキストラを主演にしたのはなぜでしょうか。
佐藤:いつも「5月」で企画会議をやって、みんなでアイデアを出し合っているのですが、「宮松と山下」については関のアイデアが発端なんです。
関:僕がNHKに入ったばかりの現場で担当したのがエキストラだったんです。京都で時代劇の撮影をしていたのですが、エキストラの人たちは、朝は江戸の町人、午後は衣装替えをして侍役、というように1日の中で色んな人間を演じるんです。また、侍が大勢いるように見せたいシーンでは、侍が斬られて倒れた後、その人がむくっと立ち上がって別の侍としてまた斬り合いに加わっていました。そういう、撮影現場での知恵や工夫を目の当たりにして、ここには独特な世界があるな、と思ったんです。そこから、エキストラならではの行為を映像で切り取って見せる、というアイデアが出てきました。さらにそれを映画にする場合、エキストラとして演じている部分と、その人の地の生活を、全く同じトーンで並列に描くとことで映像体験としても面白くなるはずだ、と考えたのがこの企画のはじまりでした。
――初めての長編作品ですが、短編と長編で違いはありましたか。
佐藤:今回初めて長編を作ってよく分かったのは、短編は新しい手法を見せることで「おっ」という驚きが生まれれば、それで終わりで良いんです。でも長編はもう少し豊かである必要がある。具体的に言えば、どんなテーマ、ストーリーが展開するのかを入れ込まないといけない。短編と長編ではそこが大きく違いますね。
画像5(C)2022「宮松と山下」製作委員会
――演出や撮り方は脚本の時点でしっかり決めていたのでしょうか。それとも現場で香川さんと話し合いながら決めていったのですか?
平瀬謙太朗:セリフは基本的に脚本通りですが、宮松がどのような人物なのかは、香川さんと現場で話し合いながら作っていきました。お芝居した後に香川さんから「今のは宮松じゃなかったね」とお声がけいただき、撮り直すということが何度もありましたね。
佐藤:例えば、宮松がロープウェイ乗り場で階段を降りるシーンがあるのですが、2歩あるいて1歩なのか、1歩ずつ降りるのか、香川さんが全部演じて見せてくれるんです。そうして「宮松だったらこうするね」と、ちょこちょこと階段を降りたんです。ああ、それだ、という具合に動きを決めていきました。
――全編に渡って、セリフではなく映像で多くを語ることを意識しているように感じました。
平瀬:仰る通りです。私たちはそれを「映像言語」と呼んでいるのですが、セリフや言葉で説明するのではなく、「映像」で映画を進行することを心がけています。具体的には、物語の背景や人物の感情を伝えるのに、どのような映像を、どういう順番で繋いでいくかで、伝わることは多様に変わっていきます。もちろん、映像だけでは情報が足りない時はセリフに託すこともありますが、その選択は慎重に行っています。スクリーンに目を凝らし、物語や感情を読み取っていく。映画館だからできる観賞体験を前提に作ったので、この映画は非常にセリフが少ないんです。
画像6(C)2022「宮松と山下」製作委員会
――主人公に香川さんを起用した理由を教えてください。
平瀬:まず宮松という人物は、非常に難しい役です。この映画にとっては、主人公として物語を引っ張っていく「存在感の強さ」が必要ですが、劇中ではエキストラの仕事をしているので、むしろ背景に馴染むような「存在感の無さ」が求められます。この矛盾する二面性を持っている俳優を、私たちは当初、見つける事ができず、企画はあるのに実際には動き出せずにいました。それがある時、香川さんの名前が出た瞬間に、3人とも「香川さんなら両立できる!」と確信し、ようやく企画が動き出しました。その時点ではまだエキストラという企画(手法)しかなかったので、そこから物語や設定を作り始めました。もし香川さんに断られていたら、この企画はお蔵入りしていたと思います。

一般的な映画作りでは、最初に物語やテーマを定めて、それから演出や表現を考えていく事が多いですが、私たちの場合はどうやって表現するか(手法)を最初に企画します。次にキャスティングがあり、テーマ・物語は最後なんです。

佐藤:物語を二の次にしているという訳ではないのですが、我々は“手法”が大好きなんです。
――最後に、これからご覧になる皆さんへメッセージをお願いいたします。
平瀬:サンセバスチャン国際映画祭に参加し、現地の大きな劇場で600人の観客と一緒に「宮松と山下」を観ました。あの日、劇場で感じたのは、香川さんのお芝居が世界の観客の心を打っているということでした。「半沢直樹」や「六本木クラス」などのパブリックイメージとは違う、テレビでは見られない香川さんが映っています。それを一番届けたいです。
関:現場で一番驚いたのは香川さんの演技と表情の豊かさでした。主役だからこそ見せられる芝居に、びっくりすると思います。
佐藤:私はやっぱり新しい企画手法を見てほしいです。それこそが「5月」が掲げてきた“手法がテーマを担う”なので。ぜひ劇場で、かつてない映像体験を味わってください。

宮松と山下」は、11月18日から公開。

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