【「千夜、一夜」評論】田中裕子マルチバースの始まりか。「待つ女」の思いが詰まった新たなる代表作
2022年10月9日 13:30
テレビドキュメンタリーのディレクター出身、久保田直監督による8年ぶりの劇場映画第2作。出演は前作「家路」に続き田中裕子。脚本も同じく「家路」、そして田中の中期代表作「いつか読書する日」を手がけた青木研次。
佐渡島に住み水産加工場で働きながら、30年前に姿を消した夫を待ち続ける登美子(田中裕子)。当時は北朝鮮の拉致疑惑も取り沙汰され、必死に各所を回って夫を捜す姿は、メディアでも取り上げられていた。そんな彼女の存在を知り訪ねてきた島で働く看護師の奈美(尾野真千子)もまた、教師の夫・洋司(安藤政信)が2年前に失踪していた。似たような境遇の奈美と手がかりを探る登美子は、次第に彼女と自分を、洋司を夫とだぶらせていく。そんな時、偶然渡った新潟の街で登美子は洋司の姿を見つける。
14年の「家路」では震災後の福島を舞台に、避難命令を受けた人々の思いを描写した久保田監督。今回は新潟を舞台に拉致問題を導入にしつつも、感情の矛先はあくまでも残された妻たちの気持ち、すなわち消えた夫と待たされる自分という内側へと向かう。ドキュメンタリー出身でありながら、今回は社会性や告発よりもドラマ性を重視した印象だ。
その中心となるのが田中裕子扮する登美子の存在。これはキャラクター設定は違うものの、監督の前作「家路」で田中が扮した役名と同じなので、久保田監督と脚本家の青木研次の中では、登美子サーガというかマルチバースが構築されているようだ。「家路」での登美子は認知症の兆候を示しながらも、息子と立入禁止区域の生家に帰って行く母親役だったが、本作の登美子は埋み火のような夫への思いを再びたぎらせる妻となっている。
最近は「はじまりのみち」「ひとよ」「おらおらでひとりいぐも」と病身や老け役の多かった田中だが、本作では前述の「いつか読書する日」の美奈子役に見られるような大人の女性を体現。過去に縛られながらも、かつての男に人知れず情念の火を灯し続ける美奈子は、他人の夫を探すことで自分を解き放つ本作の登美子と重なって見える。
今も年間8万人が失踪する現状に久保田監督が着想を得たという本作だが、55年前に同様のテーマで今村昌平が撮り上げた実験的ドキュメンタリー「人間蒸発」でも、1966年の国内失踪者は9万1千人だと言及されている。この「人間蒸発」は失踪ものの先駆けとして知られ、クライマックスに向け迷走を重ねるが、本作もまた思わぬラストを迎える。両作は全くタイプが違うものの、自ら消えた者と待つ者たちは、いつの世も想像を超えた物語を秘めていることを教えてくれるのだ。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。