【「恋する惑星」評論】スタイリッシュで新鮮な衝撃と映画的オマージュに溢れた恋愛映画
2022年8月21日 14:30

警官の制服を着たトニー・レオンが小食店に立ち寄り、そこで働くボーイッシュなフェイ・ウォンが、ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」にのせて身体をくねらせて踊る。香港のカンフー映画を見て育った筆者がそのシーンを最初に見た時の衝撃は、28年経った今も鮮明に覚えていて鳥肌が立つほど。さらにフェイが歌う主題歌「夢中人」は永遠にループして聞いていられるくらい耳に残っている。
ウォン・カーウァイ監督と撮影監督クリストファー・ドイルの名コンビが生み出した映像は、それまでの香港映画だけでなくアジア映画のイメージも一新した。そのスタイリッシュな映像と世界観は、いつ何度見ても新たな発見と感動があり、映画作りの楽しさまで伝わってくるその文法はその後の映画に多大な影響を与えている。長編3作目となる「恋する惑星」(1994)は香港を舞台に、若者たちの“すれ違う”恋模様を描き、カーウァイ監督の名を一躍世界に知らしめた。
主人公は4人。台湾のホウ・シャオシェン監督の名作「悲情城市」(1989)にも出演していたスター俳優のトニーが警官633号、彼に恋心を抱く店員を香港の歌姫フェイが演じた。一方、別れた恋人が忘れられない刑事223号を日本語も堪能な台湾生まれの金城武、彼がバーで出会う金髪にサングラスのミステリアスな女性をなんと台湾映画のスター、ブリジット・リンが演じ、このキャスティングだけでもカーウァイ監督のセンスの良さが光る。そして時間や数字へのこだわりも作品を楽しむ記号的な要素となっている。
さらに、カーウァイ監督はモノローグと即興的な演出を多用し、俳優たちが持っている魅力を生かして、ドイルのヴィヴィッドな色彩とカメラワークによる映像、ウィリアム・チャンの美術、さらにポップな音楽や異国の曲と掛け合わせて物語を描くスタイルで、その語り口はとても新鮮であった。そして新鮮であると同時に、カーウァイ作品は映画的なオマージュに満ち溢れているところも映画ファンの心をくすぐった。
フェイのベリーショートは、ジャン=リュック・ゴダール監督「勝手にしやがれ」(1960)のジーン・セバーグを意識した髪型で、ブリジットが扮した金髪にトレンチコート姿の女性は、ジョン・カサベテス監督「グロリア」(1980)で元情婦を演じたジーナ・ローランズへのオマージュと言われている。フランスのヌーベル・バーグとニューヨークのインディーズ映画が、香港のカーウァイ作品で融合し化学反応を起こしたと思って見ると、さらに深い映画的な感動が得られるに違いない。
25年以上の時を経て監督が4Kレストア化したバージョンが、「天使の涙」「ブエノスアイレス」「2046」とともに8月19日から劇場公開されるので、未見の方はこの機会にカーウァイ作品の美しき世界と出合って欲しい。
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