アヌシー映画祭に初参加 「アニメはジャンルじゃなくて媒体だ」という言葉を噛みしめる【ハリウッドコラムvol.321】
2022年7月6日 10:00

ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
今年初めて、フランスのアヌシー国際アニメーション映画祭に参加した。
アヌシー映画祭という名前は、以前から知っていた。1960年にカンヌ国際映画祭からアニメーション部門を独立させる形で創設された世界最古のアニメ映画祭で、国際見本市MIFAも併設されていることから、アニメ関係者にとって世界でもっとも重要なイベントとなっている。「紅の豚」「平成狸合戦ぽんぽこ」「夜明け告げるルーのうた」などが長編部門のグランプリをとっていて、アニメ大国日本との繋がりも深い。今年は「岬のマヨイガ」「グッバイ、ドン・グリーズ!」が長編コンペティション部門にエントリーし、「犬王」「アイの歌声を聴かせて」なども上映されることになっている。
ぼくはアニメファンでも関係者でもないのでこれまでスルーしてきた。だけど、今年はアヌシーが行われる6月中旬の予定がぽっかり空いたことに加えて、ちょうどアメリカ入国に関するコロナ規制が完全撤廃されたばかりだった(ヨーロッパ側の規制はとっくに解除されている)。年を重ねると新しいことに挑戦するのが億劫になりがちだが、予期しない出来事に背中を押してもらうことができた。


アヌシーの最寄りの国際空港はスイスのジュネーブだった。ロサンゼルスからはロンドン・ヒースロー空港を経由した。ヒースローでは、人員削減の影響で乗り継ぎのために長蛇の列に並ばなければならなかったし、ジュネーブ空港でも迎えの乗り合いバスがなかなか到着しなかったりという小さなトラブルはあったが、なんとか無事宿にたどりつくことができた。
アヌシーはジュネーブから車で40分、パリからは4時間くらいのところにある。アヌシーという名の美しい湖のほとりにある小さな町で、旧市街には中世の面影がたっぷり残っている。「フランスのベニス」と言われるのも納得だ。
映画祭は町の至るところで実施される。長編映画や短編映画はもちろん、学生映画やテレビアニメ、VRまでが対象だからコンテンツがもりだくさんだ。しかも、Work In Progressと呼ばれる制作途中の作品発表会やマスタークラス、サイン会なども実施されている。


イルミネーションの「ミニオンズ フィーバー」(カイル・バルダ監督)と、Netflixの大作アニメ「ジェイコブと海の怪物」(クリス・ウィリアムズ監督)のワールドプレミアが行われたほか、ピクサーの「バズ・ライトイヤー」(アンガス・マクレーン監督)などの話題作が上映されていたが、ぼくが注目したのはコンペティション部門の作品だ。
フランスの人気絵本を長編アニメ化した「Le Petit Nicholas」や、「ロックス・イン・マイ・ポケッツ」のシグネ・バウマネ監督の半自伝的アニメ「My Love Affair with Marriage」、村上春樹の複数の短編小説をもとにした「Bling Willow, Sleeping Woman」(ピエール・フォルデシュ監督)など、どれもテーマやストーリー、手法がバラバラで、ぼくが普段観ているアニメは、その一形態に過ぎないと思い知らされた。
かつて「アイアン・ジャイアント」や「Mr.インクレディブル」のブラッド・バード監督は「アニメはジャンルじゃなくて媒体だ」と言っていたが、その言葉を聖地アヌシーでじっくり噛みしめていた。

学生が多いため参加者の平均年齢が低いのが、この映画祭の特徴でもある。映画祭のムービーにあわせて効果音を出したり、紙飛行機を飛ばしたりと、本編前はまるでライブの前のような盛り上がりだ。この場にいることを心から楽しんでいるのは明らかで、若くて純粋な映画ファンに自作を披露できるクリエイターが羨ましくなった。

Netflix作品「ONI 神々山のオナリ」のプレゼンテーションのためにトンコハウスのメンバーを引き連れてアヌシー入りした堤大介監督に、話を聞く機会があった。アヌシーの魅力をこう語ってくれた。
「ぼくにとって今回は2度目でしたが、世界中のアニメーション関係者が集うアヌシーに来ると、なぜぼくらはアニメーションをやるのだろう、という素朴な疑問の答えをもらえる気がしています」


記者という立場ではあるけれど、ぼくもアヌシーで刺激をたっぷりともらっていた。上映会やイベントで作り手の熱を浴びて、合間の時間に木陰で湖を眺めてクールダウンしたり、名物のチーズ料理に舌鼓を打つ。それからまた冷房の効いた試写室に戻っていく。規模でこそ有名映画祭には及ばないが、ここには喧噪や競争は皆無だ。熱狂とゆったりした時間が同居する希有な映画祭である。
また、来年も戻ってこようと思う。
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