「シャーロック劇場版」で試される「月9」ドラマ映画化の力は?【コラム/細野真宏の試写室日記】
2022年6月16日 10:00

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)
アーサー・コナン・ドイルが執筆した「シャーロック・ホームズ」シリーズは、知らない人がいないくらい有名な「推理小説」です。
この「シャーロック・ホームズ」シリーズは、世界中で手をかえ品をかえ、映像化されてきました。
そもそも原作は、1887年から1927年にかけ「長編4、短編56の合計60編」が発表されていて、近年の映像化の潮流は「舞台を現代に置き換える」という流れです。

例えば、イギリスの国営放送BBCによって2010年から2017年に放送された「SHERLOCK(シャーロック)」です。
シャーロック・ホームズ役のベネディクト・カンバーバッチが映画に先駆けて日本で有名になる現象まで引き起こしました。
「SHERLOCK(シャーロック)」では舞台を「現代のロンドン」に置き換え、アメリカのCBSによる「エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY」(2012年から2019年)では舞台を「現代のニューヨーク」としています。
私はこのような「現代化の流れ」は、時代背景を考えると必然性のあることだと考えています。
象徴的なものとしては、原作のトリックが、携帯電話やメールなど「IT化した現代」においては違和感を覚えたりするためです。
そして、日本でもフジテレビがドラマ化構想を進めました。
近年の潮流である「探偵シャーロックと助手ワトソンの関係性だけを生かして、事件はオリジナル」というだけでは独自性がないと判断したようで「新たな手法」を考えたのです。
原作では、シャーロック・ホームズが過去に解き明かした事件などが簡単に登場しますが、それらは「雑談」のような扱いで、詳細が語られていないものが少なくないのです。
その点に着目して、「原作では詳細が語られなかった事件」を取り上げるという独自の手法を考え、より原作に踏み込みオリジナル性を発揮する形となったのです。
タイトルは「シャーロック アントールドストーリーズ」となり、2019年に「月9」枠で連ドラとして放送されています。

そして、今週末の6月17日(金)には映画化された「バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版」が公開されます!
タイトルの“バスカヴィル家の犬”というのは、「シャーロック・ホームズ」シリーズの長編小説で最高傑作の呼び声も高い「バスカヴィル家の犬」を原作としているためです。
これを現代の日本に舞台を移し、ドラマ版のキャストが挑むため「バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版」というタイトルになっています。

主役の名探偵シャーロック・ホームズは、「誉獅子雄(ほまれ・ししお)」というキャラクター名となり、共にイニシャルが「S.H」となっています。
この難役をディーン・フジオカが演じていて、なかなか上手くハマったキャスティングでした。

そして助手のジョン・ワトソンは、「若宮潤一(わかみや・じゅんいち)」となり、こちらも共にイニシャルが「J.W」となっています。
この助手役を岩田剛典が演じていて、口癖のように呟く「えっ?」という言葉が非常に独特だったりと、主人公に振り回される「元・医師」を上手く演じ切れていました。
本作で注目すべきは、キャストに加えて、「容疑者Xの献身」などの「ガリレオ」シリーズや「昼顔」などでメガホンをとっているフジテレビの西谷弘監督作品だということでしょう。
フジテレビの映画がヒットする確率が高い要因の1つには、ドラマで鍛えられた名監督が少なくなく、西谷弘監督もヒットメーカーの1人です。
しかも、西谷弘監督は脚本にこだわりが強いのも有名で、ドラマ版での脚本は主に「昼顔」などの井上由美子が担当していましたが、本作の脚本は「東山狭」という謎の人物がクレジットされています。
ただ、これは、おそらく西谷弘監督による以下のような遊びだと思っています(笑)。
「西の反対→東」、「谷の反対→山」、「弘の反対→狭」という感じで、脚本・西谷弘だと考えられます。


さて、私は映画から見ましたが、結論から言うと、映画から見ても全く問題ありませんでした!
まず物語は、原作が世界的に超有名な「推理小説」だけあって、かなり練り込まれています。
そして、現代の日本に上手く置き換えることにも成功していました。
ディーン・フジオカ×岩田剛典というコンビは意外性があって良く、冒頭から引き込まれます。
また、映像も、やはり西谷弘監督だけあって、孤島を舞台に映画ならではのリッチな映像に仕上がっていました。
このように、本格的で上質なミステリー映画に仕上がっているのですが、やはり気になるのは「月9」作品の映画化ということです。
まず、プラスの面は、いきなり映画からスタートすると、新規でファンを生みにくく失敗するケースが少なくないので、「月9」で固定層を獲得してから映画化、というのは悪くないと思います。
実際に、(連ドラの視聴率が高くなくても)大ヒットした「コンフィデンスマンJP」シリーズのような事例も出ています。

一方、マイナス面は、「連ドラの映画化」ということで、「ドラマを見ないと分からないから自分は対象外」と考えてしまう人が少なからず出てしまうことです。
直近の事例では、「月9」枠の映画化として「劇場版 ラジエーションハウス」が4月29日から公開されました。
「医療系の映画は流行りにくい面がある」とは知りつつも、「月9」枠の映画化として興行収入93億円を記録した「劇場版コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」のような事例も生まれています。
そこで、「フジテレビに何かしらの秘策があるのでは?」と勝手に想像していました。
とは言え、現実的には、「そこまでドラマが定着しているわけではなさそうだし、興行収入15億円程度か」と考えていました。
ところが、「劇場版 ラジエーションハウス」については「土曜プレミアム」を使ったテコ入れも特には行われず、興行収入10億円を割って9.5億円程度で終わってしまいそうなのです。


このように見ていくと、このところフジテレビの「月9」作品の映画化は増える傾向にありますが、あくまでそれは「通常よりもヒットする確率は上がる」くらいに想定しておく方が良さそうです。
そう考えると、「バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版」についても、興行収入10億円を超えるかどうかが最大の注目点と言えそうです。
両作品とも出来は良いと思うので、「月9作品の映画化のヒットの好循環が生まれるのはいつか」を見守りたいと思います。
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